夜間中学その日その日 (556)
- 白井 善吾
- 2018年4月14日
- 読了時間: 4分
夜間中学の生命線 (1)
2018年度新学期が始まった。夜間中学の新聞報道は賑やかである。私が夜間中学に転勤した1987年、一年間の報道記事数は27。2018年3月の1ヶ月間の記事数は62を数える。1987年当時、各夜間中学からもたらされる報道の情報を元に記事にたどり着く方法で記事の内容を入手していた。30年後の現在、インターネットで検索を掛け、記事に当たる方法で内容を入手することが多い。
先月は文科省が自民党国会議員の申し入れを受け、前川氏が名古屋の学校で子どもたちに行った授業をあろうことか学校現場に報告を求めた文科省に対し、「学校への政治圧力は許すことができない」と批判する、記事が多かった事もあるが、夜間中学の活字が誌上を賑わす、30年前にはとても考えられない環境である。
この情勢はいろんな経路を経て、夜間中学入学を希望する人たちに届き、全国に夜間中学31校しかない夜間中学に入学する希望者が増加することにつながったか否か気になるところである。
マスコミが夜間中学を扱い、夜間中学が在ることを入学希望者に伝えたいというのが、1987年当時の夜間中学生や教員の共通の想いであった。

ところで、一県に最低一校の夜間中学開設をとの動きの中で、学習者もさることながら、教育関係者の中で夜間中学のことが認識されているかとても心もとない状況ではないだろうか。
「夜間中学のことが盛んに取り上げられるようになってきましたが、定時制の中学ですか」「学校に通えなかった気の毒な人たちが歳がいってから勉強されている学校ですか」「いまの世の中、そんな人がいたはるんですか」の反応など、夜間中学の事がまだまだ知られていないのではないだろうか。
ある方から次のような質問をいただいた。夜間中学が何なのか、教育関係者、行政担当者にまだまだ知られていない中、昼の学校と同様の学校運営全般が展開されると、再び、夜間中学を不登校になる学習者をつくり出してしまうことにならないか、たいへん危惧している。先発の夜間中学の先生方はどのようにお考えか?との問いかけであった。
私自身の体験をふりかえっても、夜間中学にたどり着くまで、全く未知、未経験の分野の担当を担った経験があった。その時、かくあるべきという先入観を捨て、地域に入り、保護者を職場に尋ね、子どもの生活を知るところからはじめた。失敗も多かったが、多くの話を聞かせてもらい、新たな取り組みに活かすことができた。すぐに結果を求めない、そんな息の長いとりくみがスタートであった。個人ではなく、教員集団でとりくみ、話し込む時間も多くとることができた。行政主導で展開された夜間中学は、果たして、学習者の想いや願いを大切にした夜間中学になっていくのかたいへん心配である。
夜間中学が夜間中学として機能する、夜間中学で大切にしてきたことをお話し、その質問へのお答えとした。題して「夜間中学の生命線」。
「生命線」は夜間中学が成り立っていくために、是非とも守らねばならない境界線。その境界を逸脱すると、生命を失ってしまう事だと考えている。それが何かを話した。一つは「制度よりひとを優先する」事ではないだろうか。
年齢、国籍、就労実態、生い立ち等、学齢の子どもの多様性とは異なった多様性がある。夜間中学生の通学実態を考えると、子育て、本人家族の健康状態が影響し、出席状況も休まずに通学できる人は少ない。授業に参加できたときに、学習している内容が、受け止められ、達成感が感じられる学習の組み立てが要求される。それには、夜間中学生がどんな職業を経験されたかは重要な情報である。
例えば農業に従事した方であれば、「一反で何俵とれましたか?」と質問すると「畝1俵でした」と返ってくる。それを聞いた夜間中学生はさまざまな反応をする。「それはええ土地や、私とこは、砂地で秋落ちしてとてもそんなにはとれなかった」。「せっかくできても、全部供出で持って行かれて、米など食ったことない」「学校に持っていく弁当には、米の部分を入れて持たせてくれ、母親は、麦の多い、黒いご飯を食べていた」「子どもが恥ずかしい想いをせんように、それは母親の愛情や」・・。それまで黙っていた人も、会話に参加して賑やかな展開になる。2.5×6の計算から始まった、その日の「数学」の勉強である。
突然、私が言った「いったんでなんびょうとれましたか?」との問いの意味が解せない若い夜間中学生に気遣って、その説明を隣の席の若くない夜間中学生がおこなっている。「みんなにも説明してください」とお願いするときもある。
「学校にきて儲かった」と思ってもらえる授業の組み立てに腐心していた。計算は、問題数をこなさない。意味がわかれば電卓を使うこともあった。かけ算の九九が十分でない人もいる中での展開である。点数学力からは対極の学習展開である。
「ひとに制度をあわせる」そんな柔らかさのある学校、それに徹しきった学びを夜間中学では追求すべきだと考える。(つづく)
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