夜間中学その日その日 (1087) 白井善吾
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2026年新学期 2026.04.25
新学期が始まった。近くの保育園から、新しい環境に慣れない子どもの泣き声が続き、保育士さんがご苦労されているのが例年なのに、今年は聞こえてこない。子どもの声の振動に鼓膜が反応できなくなったのか?とたずねると、今年は聞こえてこないとの事。朝露が乾く10時過ぎ、レンゲ畑から子どもたちの声が聞こえてくる。11月初めに蒔いたレンゲが花をつけ、子どもたちが思い思いに自然と戯れている。
いつも思い出すことがある。緑肥にするため、晴れの合間をぬって、耕運機で耕していた時、「花がかわいそう」と泣きながら作業をやめるよう田の中に入ってきた子どもがいた。驚いたその子の母親が子どもを抱きかかえ、あぜ道で子どもを説得しておられた。その子どもも、母親になられ、レンゲ畑を眺められている。
新学期、新入生を迎えた夜間中学は、在職時、時間講師でお願いする先生の配置が間に合わないこともあり、3時間授業で、残りの一時間は、新入生の相談に使うようになっていた。ゆっくりと手探りで新入生の反応をうかがいながら学習が始まる。「いつもより言葉遣いもやさしいですね」と夜間中学生に冷やかされながら、始まっていった。

あるとき、帰国して初めて大阪に住むようになった人が何人かあるから、この時間を使ってみんなで、どっかへ行きませんか?との提案があった。相談がまとまって、“造幣局の通り抜け”に行くことになった。混雑の中で迷子になったら大変だと何人かの先生の応援があった。「先生のクラスだけ、ええとこいかれましたね」「(帰国間もない人には)ぜひ見とってほしいところですね」。
今日は商店街で買い物をする授業で外に出ます。いつも一万円札を出して買い物をすることにしているという話が話題になり、そのクラスは日本語の勉強の時、商店街での買い物がその日の教室になった。学習者の実態にあわせ、柔軟に組み立てを変える。これが学びの基本だと考えるが、「…が起こったら」との考えが優先して、20坪内の且つ硬直した授業になっていないだろうか。確かに社会の変化もあるだろうが。
2005年から始まった、学びの多様化学校が2026年、全国で84校になったと報道があった。多様化学校と併存する夜間中学が7校ある。
私が夜間中学に転勤した1987年、守口夜間中学では一度に7~8人の卒業証書のない、16~18歳の入学があった。一クラスに集中して在籍となり、同じ人数の高齢の夜間中学生と一緒に学ぶことになった。私も理科の授業を担当するようになったが、若者と若者でない人たちの反応を注視して教材選びを行った。高齢の夜間中学生は孫や子どもの年齢に相当する新入生にその子の特性を見極め、慎重に対応していた。教員の下手な説明に理解ができないと、隣の若い夜間中学生に尋ね、説明を受けていた。そして、「このOOさんの説明のほうがわかりやすい」とクラス中に聞こえる声を出して、褒め、授業に引き入れる、大人の対応をされていた。1~2か月が過ぎると、若い夜間中学生の中で、授業に集中できる人とそうでない人が生まれてきた。
学びの多様化学校の記事(2026.4.21毎日)には2022年4月開校した神奈川の先生の発言を掲載している。「子どもには規律に当てはめて正す存在ではない。我々が価値観を変え、学校や教育の在り方を模索し続けることが求められる」「先生と生徒の立場から離れ、一人の人間としてじっくり向き合うことが大事だ」。
1980年代後半、不登校や登校拒否を経て夜間中学に入学する子どもたちの存在が注目されていた。そのころ教員間では「不登校は子どもの問題ではなく社会の問題」で「不登校をどうするのではなく、学校そのものの在り方を問うている」。「学校に行けない又は学校に行かないには必ず理由がある」。その答の一つは夜間中学の実践から明らかになる。との考えに立って、ケーススタディ-として、夜間中学の存在意義の一つとして積極的に実践報告を行ってきた。昼の出身校の先生の関与を求め、子どもを中心に夜間中学の教室で学びを考えることを行ったこともある。
2002年から始まった日韓識字文解交流で不登校の問題を交流したことがある。韓国でも不登校の問題は注目され、大きな問題になっている。社会教育ではなく、学校教育の枠内で「代案学校」の取り組みが1997年からすでに始まっていることを知った。公立の学校として認可され、無償で卒業資格も得られる。5教科的な学びは少なく、生徒が自分で学びたいことを選べるとの説明であった。
登校拒否により昼の中学校の卒業証書受け取りを拒否した子どもたちが夜間中学に1987年相次い入学した。夜間中学に学ぶ様々な人たちの力を借りながら、ぶつかり合い、教え合いしながら、生徒会活動にも積極的に参加した。そんな時、髙野雅夫さんが来校したとき、話を聞き、髙野さんの著書に『チャリップ』があることを知って図書室から借り出して、教室において、読んでいた。他の夜間中学生とも『チャリップ』を広げて会話が弾んでいた。私は夜間中学の学びの回路を通して自らの生き方を選択されたと受け止めている。
2026年4月、新たに7校の夜間中学が開校、学びの場の創造に参加した。






















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