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夜間中学その日その日 (1080)    白井善吾

  • 3月7日
  • 読了時間: 3分

夜間中学が果たす役割                   2026.03.07


 大阪府庁内で教育常任委員会に橋下徹知事(当時)の出席を求め、委員会で夜間中学の補食給食、就学援助の府補助を廃止すると主張する知事に梯(かけはし)府議が討論を行った日、午前の傍聴を終え、夜間中学生の願いに理解のないどこかの国の“王様”みたいな知事の答弁に怒りを抱えたまま、夜間中学に戻り、卒業式の会場設営をしていた。


 共同作品を掲示するため脚立にまたがり、作業をしていた時だ。一瞬めまいの症状が出たのかと体を緊張させ、壁を押さえた。長周期の振動が長く続いた。「大きな地震や!」。作業を中断し職員室に戻り、テレビ画面にみいった。東日本大震災の発生だ。2011.3.11発生から15年が経過する。

 1987年、昼の中学から、夜間中学に転勤希望を出した時、同僚から「青い鳥はここにもいる」といわれた。返す言葉はなかった。


 夜間中学で先輩にまなび、夜間中学生に向き合い、とりくみを進めると夜間中学が今の社会で果たしている役割が視えてきた。“法律にない夜間中学がそれでも存在し続けてきた意味”と言っていいだろう、その理由である。それは夜間中学という日本の教育の「例外」の場から今の学校を逆照射しているという役割である。

一例が「知識・技能」中心の学力観から「個性化・多様化」の学力観への転換である。夜間中学に学ぶ人たちが、昼の学校を就学免除・猶予の扱いを受けた人、不登校になった人、義務教育未修了となった人、在日外国人、中国からの引揚帰国の人たちなどの叫びを受け止めた実践を追求すると「個性化・多様化」の学力観になってくる。そのことを映像で社会に示したのが、1993年、山田洋次さんの映画“学校”ではなかったか。


 その頃、岩波の『学校』(同時代ライブラリー)が出版され、佐藤忠男・」山田洋次さんの対談が収録されている。何度か読んだが夜間中学の教員間で議論していたことがおよそ書かれていたし、背中を押されたように受け取った。佐藤さんは著書や新聞記事で夜間中学を論究されていたし、髙野さんたちがやっていた「私設夜間中学」にインタビューに佐藤さんが訪問されたNHKのテレビ番組が髙野雅夫夜間中学資料室にあった。「教育とは例外を作り出し排除するのではなく、包み込むものだ」という主張に勇気づけられたことを思い出す。

 夜間中学で見出した“青い鳥”を実践と共に発信していくことが夜間中学に職を得た者の役割であると考えている。

 先日、71回夜間中学校研究大会記録誌が送られてきた。資料集と記録誌をあわせるとA4版411㌻にもなる。記録をまとめ、このように公刊される現場のご苦労に感謝しながら、読みはじめた。全国で62校になる夜間中学の授業実践記録と大会での議論を上で書いた「知識・技能」中心の学力観から「個性化・多様化」の学力観への視点で見ている。

 2026年4月、栃木県・福井県・愛知県(いちのみや/こまき/とよた)・和歌山県・大分県に7校の夜間中学が新たに開校する。

 

 
 
 

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