夜間中学その日その日 (1073) 白井善吾
- 1月31日
- 読了時間: 4分
柔らかい、夜間中学の学び 2026.01.31
通勤ラッシュがおさまりかける1月中旬の時間帯、地下鉄で大阪市内に出かけることがあった。車間調整のため、発車できないと車掌が車内放送を何度もしている。駅と駅の間で停止することを避けるためか、ついた駅ごとで「発車を見合わす」と放送している。会議に遅れないようにと余裕をもって家を出たが、時間が気になり、時計を何度も見ることとなった。しかし、乗客は慣れっこになっているのかそんな放送があっても、私のように表情を変える人は皆無だ。それどころか、スマホの画面に見入って盛んに指を動かしている人たちが何人もいた。イヤホンから流れる音に集中されているようだ。私の位置から把握できる人数は21人。うち16人がスマホを見ている。かつて見受けた新聞や週刊誌を見ている人はいない。他は目を閉じている人、隣の人と話している人であった。
時間帯が変わればこの割合は変わるのかもしれないが、スマホ依存が大きく浸透してきている。これは学齢の子どもたちにも表れている。冬休みになっても野外で子どもたちの遊びに興ずる声が聞こえないのだ。「子どもは風の子」とばかり、寒い中走り回っていた子どもの声があったはずであった。地域の防災訓練があったとき、30分ほど待機して250人の参加があっただろうか、しかし、ここに小学生の子どもの人数が少ないことにも驚いた。「防災訓練に参加しましょう」と呼びかけなかったんだろうか?
数年前の出来事、防災訓練会場の小学校にいった時、岩石園があった場所でエレベーターの建設工事があって、「岩石園」がどこに移動したのかわからなかった。岩石と名札が異なっていたので、学校に行くとき注意してみていたこともあり、工事が終わって、岩石園の復旧を学校にお願いしていた。工事も終わり、1年後「どうなっていますか?」と以前お願いした方に聞くと、「岩石園のことですね」と、しかしその次の言葉で二の句がつけなかった。
「職員は誰も岩石園がどうなったのか知らなかった。業者の方が処分されたんでしょう。実物に触れなくても“タブレット”で写真をみればわかりますから。再度つくるとなったら200万はかかります。予算もありません」

その時夜間中学生の顔が思い浮かんだ。炭酸水素ナトリウム(重曹・タンサン)の働きに触れた時、その70代の夜間中学生は次の時間、長年使いこんだ、銅製の玉杓子、木製のすりこ木棒、ザラメ砂糖そして新しい重曹を持参、教室の机に並べられていた。
その日の勉強は「カルメ焼き」をつくる学習に早変わりとなった。夜間中学生が先生に早変わり、説明通りやるのだが、まともに膨らまない。何人かの失敗が続いたところで、にわか先生の演示が始まった。不思議や不思議、ぷーと膨らんで火山の噴火の如く中央盛り上がりではじけた時、拍手が起こった。その時、顔を赤らめ、恥じる顔に変わったにわか先生の顔は今も思い浮かべることができる。甘い匂いが廊下に流れ、隣の教室から、においに誘われて夜間中学生がのぞきに来て、教室に入ってきた。
私はこのスタイルの勉強を「柔らかい学び」と呼んでいる。何が起こるか予測がつかない。しかし、先生と生徒の役割は固定的ではなく、流動的でひっくり返っても良いと考えている。ひとり一人の夜間中学生の持っている力を最大限出してもらう授業の組み立てに拘ってきた。「先生やったら何でもご存じやと思っていましたが、私らが先生役の時もあるんですね」。夜間中学生はその道の達人である。岩石園の話をすると、玄翁を持参して、「先生、山や川にとりに行きましょう」と声がかかるはずだ。
昼の学校に勤めていた時、自然科学クラブで「化石取りに行きましょう」と活動が決まり、電車を乗り継いで神戸市西区の神戸層群の露頭に出かけた。メタセコイアやアベマキの化石の入ったブロックを掘り出したのは良かったが5キロはこえる。さてどうするか?「先生持って帰ろう。みんなびっくりさせよう」。話は決まった。手分けして駅まで運び、電車に乗せて、持ち帰った。クリーニングして植物の名前を調べ文化祭で展示をした。交代で化石の由来と採取方法を説明していた。“タブレット”を見て知識を獲得する暗記の勉強とは比べ物にならない厚みのある学びを経験することができた。
それにしても「実物に触れなくても“タブレット”で写真をみればわかりますから」は受け取ることはできない。






















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