夜間中学その日その日 (1074) 砦通信編集委員会
- 2月6日
- 読了時間: 4分
*このコラムをみていただいている方から問い合わせを受けた。「社会が世界が見えるようになること(6)」の記事が受け取れていないとの事。調べると仰せの通り掲載できていなかった。この時期は髙野雅夫さんの入院などその対応で混乱していた時期でもある。お許し願いたい。改めて記事を見ると、「生」を「うまれ」「いきて」「いこう」「いるのか」と表現されている。そして原点から自分自身への問いかけをしながら行動をされていたことがわかる。(編集部)
社会が世界が見えるようになること(6) 2026.02.07
自分がどこで生まれ/いまどこに生て/これからどこへ/生こうとして/生るのか?―人間としての誇りと権利を奪い返す闘いであり―自からに問い続ける闘いなのだ‼― これが“夜間中学生”の原点であり生命線だ‼ |
髙野:これは 俺たちが、絶えず、自分自身に問いかけている、考え方です。その日の出来事を振り返ったとき、流されてしまって、妥協してしまう動きをしてしまった時、この考え方で点検をしています。それは、「人間としての誇りと権利を奪い返す闘い」になっているのか、自分自身に問いかけています。

―夜間中学生との話し合いでもこのことについて話していました。髙野さんが生き方を問い続ける「顔」についての話です。
髙野:人間は一人では生きられない。多くの人に支えられ生きてきた。今まで自分を支え続けてくれた原点になる三つの顔を教えてほしいとたずねた。俺の場合、一人は旧「満州」から引き揚げてくる途中、実の母親から殺される赤ん坊、オレの身替わりに殺された親友ゴンチ、もう一人は言うまでもなく、バタ屋のハラボジでした。
―そう質問されたとき、夜間中学生の表情は様々でした。長い沈黙が続いた。「自分を支え続けてくれた、原点になる三つの顔」。その3人の人たちに顔向けできるのか?という問いだったと思います。
―「原点」「生命線」という言葉を髙野さんはよく使われます。夜間中学生から「生命線」について質問がありました。そこで辞書で調べることになり、みんなで辞書で調べました。「生き抜くためには、そこを絶対守らなければならない大切なこと」。そして「夜間中学生の生命線?」について考えました。いっぱい出てきましたが、生徒会活動の大切さが出てきました。
―髙野さんがいつも言っている、「生きる権利と学ぶ権利がすべてに優先する」。憲法25条の生存権。26条の学習権が守られていたら夜間中学はないはずだとの指摘は自立した生徒会活動の重要性を問うていることでした。
―2002年に夜間中学生に韓国の識字学級生の出会いの機会を提起した、髙野さんの提案は夜間中学に大きな変革を促す提起だった。夜間中学生はすぐ受け止め、呼びかけに応えた。重たかったのは教員のほうだった。「引率して何か事故があったら」「高齢の夜間中学生の健康?」「参加できる人と出来ない人が生まれる」…。まず提案を受け止め、自分たちの目で確かめ、訪問交流の内容を報告して、生徒会連合会で考えることにして、第1次日韓識字文解交流が実現した。3校の夜間中学生、卒業生、教員をはじめ関係者40名が参加した。
―学校教育という制度の中にあって、学ぶ中身について“学習指導要領”を超越した学びの創造を提起されていると受けとめるべきではないだろうか。
―「夜間中学生いろはことば」を考えるとき、『자립(チャリップ)』の表紙の「いろは歌」を紹介しました。「いっけんもっともらしいものほど全くおかしい」「つじつま合わせは赤信号」「へりくつの保身はやめろ負ける道」など紹介すると、夜間中学生の体験が話され、たくさんの意見が出てきました。
―「夜間中学に来るようになって、文字や言葉を学んだために、以前やったら相手に言っていたことが、言えてない自分に気がつきます。こんなこと言うたらとか、品の良い言葉で喋らんと考えている間に、いいそびれて、言えていない。しかし、髙野さんの話を聞いて、主張せなあかんときは絶対引き下がったらあかんと自分に言い聞かしています」とこの夜間中学生、髙野さんと話されていた。
―夜間中学で学ぶことで奪われてしまっていることがあるとのこの指摘は忘れることができません。
髙野さんは今学んでいる夜間中学生と、もっとたくさん話したかっただろう。






















コメント