夜間中学その日その日 (1012) 白井善吾
「そのままの居場所、夜間中学」 2025.01.18
2025年4月、9校の夜間中学が(県立4校、市立5校)開校予定である。あすなろ中学校(石川県)、とよはし中学校(愛知県)、みえ四葉ケ咲(三重県)、いろは中学(鹿児島県)、なごやか中学(名古屋市)、甲西中学夜間学級(滋賀県湖南市)、岡山後楽館中学校夜間学級(岡山市)、あけぼの中学(和歌山市)、祇園中学夜間学級(長崎県佐世保市)。全国で公立私立併せて63校になる。

「『(失敗した)昼の義務教育』にわざわざ近づけようとするのは本末転倒である。事実上、夜間中学の存在意義の否定」(70回全夜中研大会記念講演)の指摘を待つまでもなく、夜間中学の学びは、夜間中学生の24時間から読み取って、創造し、実践し、報告、集団討議を経て修正を加え、作り上げていくものだと考えている。
初めて夜間中学に勤めた時、わたしも昼の学校の教科書に束縛された授業になった。何か突き刺さらない、夜間中学生のよそよそしい、笑い声や反応のない、“砂を噛む”吐き出したくなる授業を経験した。昼の子どもたちから反応のよかった内容の授業を試みたが、作り笑いの反応で、叩きつけられたような後味の悪い経験も少なくない。先輩の授業の展開を学ぶべく、授業に参加したり、廊下に机を置いて、その授業を経験した。いつの間にか昼のカリキュラムの流用をせず、夜間中学の教科横断的な授業を創造する。そんなことに力点をおいていった。
違いを豊かさに、多様性が重視される時代の中、夜間中学の教員には画一された、同質性を乗り越えた実践力を求められ、夜間中学はそれを鍛える場所だと考えている。夜間中学生の胸を借りたらよいし、夜間中学生は自分たちを受け止められず、排除してきた学校教育の欠落点を教えてくれている。
そんな夜間中学現場を取材した記者が文字にした言葉の中に夜間中学の学びを考えるヒントがある。いくつか紹介する。
(1) 「そのままの居場所、夜間中学」
髙野雅夫さんは夜間中学が備えておかなくてはいけないことを次のように主張している。
わが母校・荒川九中夜間の世界に誇る= 3原則
① 夜間中学は“本根”(*)を出す場だ。生徒同志は勿論のこと。生徒と教師-教師同志が“本根”をぶつけ合って確かめ合う道場だ‼
② 陰口を叩くな‼ 言いたい事があれば直接本人に言え‼ 陰口を叩くのは人間として最低だ。
③ 夜間中学に来た仲間はたとえ“人殺し”になっても仲間なのだ‼
(*)髙野さんは「ほんね」を「本根」と書きこだわっている。
そのままが出せ、それが認め合える場所が夜間中学で同調圧力はない。
(2) 「学ぶ喜びを生きる励みに」
夜間中学生は「学ぶことは生きること」「学ぶことは生き抜くこと」という。学ぶ喜びが湧き上がってくる学びを確認しあった授業というのは長年の疑問が解けた、「私を縛り付けていたのは“これ”だった」と“これ”を言葉にできたときではないか。そんな言葉に勇気づけられたのは本人のみならず、その場にいた級友であり教員のほうで、自然に次の学びが提案されてくる。
(3) 「困難な時代 生き抜いてきた夜間中学生」「ここで学ぶ夜間中学生は歴史の体現者」
夜間中学生が綴る自分史に授業組み立ての素材がある。歴史の体現者の語りを綴りながら、様々な切り口で教科の眼で授業を組み立てる。わからない自分(教師)をさらけ出して夜間中学生の語りに耳を傾ける。
(4) 「文字とコトバの奪取を武器とする運動体としての夜間中学。翻身運動として」
文字とコトバを奪い返し、その文字とコトバで自分を解放する。そして社会を変える運動に参画する。解放され、抑圧されていた人たちが立ち上がる。識字(翻身)運動の実践検証の場。一人一人の人間性の回復と人間の尊厳を奪い返し、非人間化させられた関係を組み換える作業に結びつけていく実践が追求できるところが夜間中学ではないか。
(5) 学ぶ意欲に点数はつけられない。人間を点数で評価する教育って何でしょう
夜間中学の教員間ではよく語られるコトバだ。「点数を超越した学び」という考え方をしている。夜間中学では教え、教えられの関係は次の場面では逆転している。確かに最初、教材は教員が提示するが、こなれていくと、夜間中学生は自分の言葉で語り、文章にし、時にはそれを受けた経験に基づく次の学びを提示されることがある。そんな学びの展開は点数をつけられない。こんな経験を経たのち、教員は昼の学校でもう一度子どもたちと向き合うことが大切だと考えている。夜間中学は教員にそんなことを教えてくれている場所だ。
ところで、70回全夜中研大会の主題提起の記述に私は違和感を覚えている。どんな経緯であのような記述になったのか、それを受け各分科会ではどんな議論が展開されたのか、その内容に注目している。
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