夜間中学その日その日 (539)
特別展「夜間中学生展12.08」(22)
前川喜平さんに展示の説明をしている続きである。○印は私たちの説明と発言。-「・・」の部分は前川さんの発言である。
○夜間中学生の学びについての章です。夜間中学を育てる会が夜間中学増設のとりくみを行い、大阪府下に夜間中学が開設されていきます。各夜間中学の生徒会が一つになって近畿夜間中学校生徒会連合会を結成し、学習条件、環境、夜間中学教員に対する要求、夜間中学生募集活動、増設等をとり組んでいきます。
○各夜間中学が発行している文集。「獲得した文字とコトバで自分史を綴る」が目標のひとつです。
○教科書で学びたい、夜間中学生が口にする言葉です。学齢の子どもたちを想定して作られた教科書をそのまま使うことはさまざまな困難を伴います。各教員、自主教材を作成して授業をおこなっています。それらを集め、集団で検討を加え、編集したのが自主編成教材「にっぽんご」です。
-「ニーズが異なる夜間中学生の要求を受け止める授業のあり方は?日本語を・早く卒業して次の高校へさらにと考えるニーズに対して夜間中学は?」
前川さんにも厚木や福島でご苦労いただいていると思いますが、私たちも悩みと試行錯誤の連続です。夜の授業に限定せず、学習者の実態に合わせ、柔軟に対応したらよいと考える。しかし、それだけで終わってしまえば昼の学校の焼き直しです。NHKのクローズアップ現代プラスで放送があったように、異年齢の学習者の学びあいで勇気を持てるようになったと語る若者の夜間中学生の発言にヒントがあると考える。
-「私も見ました。“仄聞(そくぶん)”を若者がスマホで見つけ出し、高齢の夜間中学生が、説明を聞いたとき、『うわさや』と受け答えする。あの展開は夜間中学生ならではです」
○夜間中学が教科書に登場しました。
-「(目を近づけて)2017年の東京書籍ですか?」
2013年から掲載されています。
○近畿夜間中学校、生徒会連合会では毎年、夜間中学生が一堂に会し、新入生歓迎会、運動会、作品展の三大行事をおこなっています。

○この共同作品にある「アメリカのイラク こうげきで なんのつみもない ひとや こどもがたくさんころされた」にあるように、湾岸戦争のときたくさんの爆弾が落とされ、私たちと同じ人生を送る子どもたちが作られる戦争に平和憲法を持った日本が自衛隊を派遣する。これは認められません。夜間中学生徒会は反対の署名に立ち上がりました。先生はいっていることと、することは一致していない。当然の指摘です。夜間中学の学びについて重要な提起を夜間中学生は教員に突きつけました。
-(うなずいて)「・・・・」
○夜間中学生の募集要項には当初「在住在勤」があった。そこから「府内在住」に限定した。府民の税金を府民以外の人に使うことは説明ができないがその理由であった。通えなくなった、人たちの学びの場、自主夜間中学「うどん学校」を開設し、公立夜間中学の開設を奈良市に求める開設運動を実践した。そして春日夜間中学の開校を実現させた。自主夜間中学から公立夜間中学開設をめざすとりくみの先例となった。1県に最低1校の夜間中学という場合、都道府県の垣根を取っ払うことが必要ではないか。
○学習者自身がとりくむ夜間中学生募集活動。ここが昼の義務制の学校と異なるところ。街頭に立って、幟旗を立て、ビラを配る、そして入学を求める仲間を見つけ出す。「夜間中学をつくる会」や近畿夜間中学校生徒会でもポスターを作っている。
○就学猶予免除の扱いを受けた人たちの入学。しょうがい者の夜間中学入学を求める運動がとりくまれた。高橋栄一さんの入学を求める手記。朝日新聞が取り上げ、入学が実現した。
○夜間学級の中に支援学級をおくことを求める、大西良子さんと夜間中学生徒会の要求活動。府教委は文科省に見解を求め、配置、大西さんの卒業後、実現した。
-「都道府県の教育委員会で設置を判断すればできます」
○部落解放府民共闘会議の行政交渉。近畿夜間中学校生徒会連合会が直接、府教委との話しあいを年2回おこなっている。夜間中学生の要求を話している。
○昭和夜間中学存続の闘いを生徒会でとりくんだ。大阪市内には3校の夜間中学が接近してあり、生徒数が少ない昭和夜間中学を廃止する方針を大阪市が出した。通学に便利な夜間中学が設置の条件だ。学校が終わって家に着くのは夜の12時近くになる。これでは通えない。
○東大阪市では昼の生徒数より夜間中学生の数が多くなり、460人を超えた。東大阪市にもう一つの夜間中学をと、教育委員会の建物の前で座り込みの闘いをおこなった。
-「どうなったんですか?」
10年近くかかったが、この門標(太平寺夜間中学)の夜間中学が開校した。
○あまりにも劣悪な学習条件が続くので、「夜間中学を卒業しない」との取り組みをしたことがある。
-「夜間中学の年限について、大阪の実態は?」
最長9年です。しかし、9年かかっても、「回覧板も読めない」という実態で。卒業をというのは本当に心苦しいし、申し訳ないというのが本音だ。前川さん考えは?
-「保護者の義務」という意味での義務教育は子どもが、15歳の年で終わるのですが、「学習の権利」としての義務教育には年齢制限などありません。教育行政の責任者だった者として、十分な学習の機会を与えられずに年を重ねられた方々に対して、心の底から謝らなければいけないと思っています。(『世界』1月号所収前川論文)
-「夜間中学だけでなく、夜間小学校もあってもよいわけだし、義務教育学校の9年間もある」
○夜間中学生は就学援助補食給食の闘いをおこなっている。「夜間中学も義務教育というのなら就学援助は国と設置市ではないか、大阪府がおこなうのはおかしいし、廃止する」これが橋下知事(当時)の理屈だ。夜間中学生は「国にその制度を作らせ、それから大阪府の負担をやめるというのが行政責任者のやり方でないのか」と主張。府の補助復活を求め、とりくんでいる。夜間中学生の就学援助制度について、来年度の概算要求で国の夜間中学への就学援助制度の創設をめざし要求をされていますが、財務省を説得できたんですか?
-「………」
○髙野雅夫さんは韓国ソウル大学に語学留学した。その時参加した韓国の識字学級と夜間中学生が交流することを提起、日韓識字文解交流が始まった。交流記録誌を5冊発行している。夜間中学で学ぶ意味を考える機会になっている。交流では「夜間中学で奪い返した文字とコトバで、皆さんはどのような社会活動をおこなっていますか」と質問を受けた。しばらく時間をおいて、「学ぶことができていない仲間のために、夜間中学をつくる運動をとり組んでいます」と応えたが、「どんな社会活動をおこなっているか」の問は、就学援助補食給食継続の闘いに活かされ、生徒会活動に大きな変化を生み出した。
○国際識字年につづいて取り組まれた『国連識字の10年』が終了する2012年、国連のとりくみの延長を求め、メッセージを携え、太平寺夜間中学の金夏子さんらがパリのユネスコ本部を訪問した。前川さんもユネスコを担当されていましたが、識字担当の責任者イラパブリさんに要請した。
○教育機会確保法の実現 日弁連、超党派の議連の展開へ、教育機会確保法がもつ問題点を指摘、見解を出した。とりわけ学齢の不登校生の夜間中学入学について、全国夜間中学校研究会のこれまでの主張とは相容れないと考えている。不登校生を昼の子どもたちから隔離することになるからだ。
-「…」
椅子に座って全体的な話しあいをおこなった。
●この部分は、後になって気づいたこと。基本指針、学習指導要領の修正、テレビ番組、ポスターなど九項目のとりくみにもかかわらず、夜間中学生が減少している背景をどう分析するか。この部分はあとで説明し、考えを聞くべきであったと考えている。私たちの分析では、最近の生徒数は1951人(2014年)。1825人(2015年)。1860人(2016年)。1826人(2017年)である。ここには横浜の夜間中学の人数は含まれていない。2017年の形式卒業者の入学が87人含まれていることを考慮し、比較条件をそろえ、2014年の1951人と2017年の1826-87=1739人と数字を見る限り、人数は増えるどころか212人減少しているのだ。私たちは夜間中学入学を求めている人たちに敷居を低くした施策が届くのは時間がかかると考えている。入学アンケート調査で夜間中学入学の希望数が少ないと判断するのはあまりにも、実態を知らなすぎると考えるが前川さんの考えを聞くべきであった。
○夜間中学生がおこなっている昼の小・中・高・大学生との交流活動がもつ意義について。
こんな出来事があった。夜間中学生の横に座り、夜間中学の授業を体験した高校生は次のように話した。「学」と「習」は違う。夜間中学は「学ぶ」だ。私たちは「習う」と受け身の勉強になっている。明日から皆さんから教えてもらった「学ぶ」と「習う」で授業態度を改めますと感想を述べた。これを受けて夜間中学生「皆さんはこれからの国を社会を引っ張っていく人です。その時、夜間中学で学んでいた私たちのことを頭の片隅に置いておいてください」と話した。
○教師の学びの場として機能する夜間中学の存在意義について夜間中学を開設することは教員の研修センターを作ることでもある。夜間中学生が語る自分史は示唆に富む。学齢の子どもたちに突き刺さる。異なるメガネで、教育を考える視座を与えてくれる。教育行政も積極的に評価すべきだ。
-「…」
-「今は法が公布され間もない、しかし絵に描いた餅になる危険性は多分にある。文科省内の夜間中学担当部局の人たちの力量が問われている。いま、担当者は夜間中学に対する理解がある人たちである。しかし人が変れば、どうなるか分からない。超党派の議連への働きかけが重要だ」
○明日の夜間中学をどう展望するか?私は、大人が学ぶ、その学びの普遍化をはかり、普及させないといけない。その為には夜間中学をつくると「儲かりまっせ」との認識を行政担当者に定着させる。そして新しくできた夜間中学をになう教員への働きかけが重要だ。
○大阪人権博物館で特別展をおこなって、さまざまな人との出逢いがあった。「夜間中学教員研修センター」として機能したんではないかと考えている。次のとりくみのヒントがあったと考えている。
○リバティー大阪は日本で唯一の人権博物館として存在してきた。橋下市長の博物館への攻撃を跳ね返すために、国の所轄である文科省が果たす役割があると考える。
以上こんなやりとりであった。言い放しになっている部分も『世界』に掲載された文章を見ると、私たちの説明に加え、前川さんから出てくる発言も予想される気がした。「夜間中学は非常に柔軟で自由な場所です。昼間の中学校とは全く違う雰囲気で、一人ひとりを大事にする。・・」(159頁)とある。改めて読むことにする。
隣の憲法展も見ていきます。髙野さんにも「勝手にいろんなところでお名前を使わさせていただいて」と挨拶があり。特別展示室をあとにされた。






















コメント