夜間中学その日その日 (1109) 夜間中学資料情報室
髙野雅夫さん逝去一年記念の集い(3)
夜間中学生ひとり一人のもっている力 2026.08.29
「先生、ほめきますなぁ。(イネの)成長にはこれが必要なんです。次の朝になると(イネの)姿が変わっています。分げつが一番盛んな時です」。ある夜間中学生は、私の顔を見るなり、この時期このように挨拶をされていた。これを聞いて驚いた。めったに聞かない“ほめく”の単語を使って挨拶をされたのだ。うれしくなった。日照りがきつく、湿度が高く、じっとしていても汗が噴き出てくるそんな状態を大阪では“ほめく”と表現する。7月の下旬、中干(なかぼし)、水田の水を切って、10日弱、株の分げつを止め、土壌に割れ目をこしらえ、土中の腐敗ガスを空中に逃がし、稲の根張りを強くする。農業経験の豊富な夜間中学生は「根競べです」と表現した。水を切られた稲株は悲鳴を上げ、日照りでしおれる。根を深く下ろして土中の水を吸い上げろと云うんです。水田を吹き抜ける風も乾いた風に変わる。授業にまで持ち込んだこの話題に子どものころの生活が語られる。

夜間中学の先生は夜間中学生。このことを何度も実感した。教員や教室に元気がないと、雰囲気作りに心がけ、話題を変え、質問をして、教師の発言を促す手法を取られていた。
証言映画「夜間中学生」では夜間中学で学ぶ4時間だけでなく残りの20時間の姿をカメラに収め、そこで生まれた夜間中学生の声を録音した。山田洋次監督の「学校」では黒井先生(西田敏行)が夜間中学生の働いているビル清掃会社で仕事を体験する場面があったが、学校を出て、夜間中学生の抱えている悩みや苦しみを肌で感じ取ってそれを授業に生かすにとどまらず、社会に問うていくことは夜間中学が持っている役割の一つではないか。
見城先生や日下田(ひげた)先生が教員免許外の数学の授業の場面があったように、それが認められる、いや、それをやらないと運営ができていかないのが夜間中学だと言えるのではないか。欠席がちな夜間中学生が公衆電話から学校に電話をかけてきた、それに応答しながら、別の先生がその場所に自転車を走らせる場面が映されていた。
夜間中学生の24時間を担当教科の授業に取り入れ、どう組み立てるか?証言映画はそんな問いを私たちにしているのではないだろうか。
学校を出て、夜間中学生の実態から見える社会のひずみ、問題を取り上げ、授業を組み立て、考え、それを社会に返していく。その一つの手法を示しているのが証言映画だと受け止めている。
当初、髙野さんは証言映画をもって、上映活動を行い、夜間中学の存在を社会に知らせようとした。しかし広報だけでは夜間中学の減少は止まらない。全国行脚の途中からチェンジを入れ換え、夜間中学の増設に目標を定めた。大阪214日の闘いは天王寺夜間中学の開設と岸城夜間中学の存続につながった。
証言映画をもって歩いた全国行脚と夜間中学開設の市民の教育運動がなければ、47年後、国が180度姿勢を変えることもなかったし、夜間中学が存在することもなかったと文部行政のトップが話されている。
いま、証言映画を多くの人に見ていただいて、夜間中学について考えていただくことが重要だと再認識した。
後日談がある。一本の稲の苗が株数を増やして成長していくことを「ぶんげつ」というのであるが、「ぶんけつ」か「ぶんげつ」か?この夜間中学生は「ぶんげつ」と言われた。私はずっと「ぶんけつ」と思いこんでいた。子どもの間では、「お尻」のことを「ケツ」と言うことが多かった。株数を増やして成長することを初めて聞いた時、それを「ぶんけつ」というのだとすっと頭に入っていた。改めてその夜間中学生に尋ねると、「ぶんげつ」だとお教えいただいた。漢字は「分蘖」と書き、蘖は「ひこばえ」の意味であることは、いつも辞書で調べることが得意な夜間中学生からの発表で分かった。そして「ぶんけつ」「ぶんげつ」両方の読み方があることも分かった。






















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