夜間中学その日その日 (1112) 夜間中学資料情報室
今西富幸著『コヤシの思想―髙野雅夫と夜間中学の闘い』(2)2026.09.12
夜間中学生にとって髙野さんが漢字などに振るルビは夜間中学教員や夜間中学生にはとても困る。その漢字は本当にそう読むんだと夜間中学生は思い込んでしまう。とある夜間中学の教師が髙野さんに苦言を呈したことがある。例えば「父・母の歴史を受けつげ仇討ち」の歴史に髙野さんは「うらみ」とルビを振っている。髙野さんはそれには何も言わなかった。

「全世界の最下層人民と最下層民族の仲間へ!」の最下層人民に「ルンペンプロレタリアート」、仲間に「どうし」とルビを振り、「バカだ!〇〇〇だ!と蹴とばされながら生まれてはじめて俺たち自身の手で奪い返した“文字とコトバ”だ!」の「手」に「ちから」とルビを振っている。
「階級闘争」に「ふくしゅう」。俺たちの「生理」に「しそう」。「具体的」に「せんめい」。「新たな天地」の天地に「せんじょう」。「人間は個ではなく類として生きているのだ」の「個」を「ひとり」、「類」を「かいきゅう」とルビを振っている。
皆さんはどう考えられるだろう?
最初の例で「父・母の怨みを受けつげ仇討ち」と「父・母の歴史を受けつげ仇討ち」を比べると「歴史」は背景を広く、広い認識を求めることに対して「怨み」は直截的に相手を糾す意味合いが強く打ち出されている。本音は怒りを込めた「怨み」であるが、あえて「歴史」と記されたのではないか。これも聞いておくべきことであった。こんなことが次から次に出てくる。
髙野雅夫夜間中学資料の分析作業を行っている。「わらじ通信」を『자립』に収録する際、髙野さんは見出しを付けておられる。“大阪214日の闘い”に見る髙野雅夫さんの「わだち」を明らかにする作業だと考えている。「髙野ルビ」の見出しががさえている。いくつか紹介する。(OO)がルビ。
・貧しき文化祭・怒り(ハート)なし
・10.21 夜間中学より“佐藤(ベトナム)打倒(反戦)”だ
・“人類の進歩(メツボウ)と調和(ハカイ)” まで485日
・生き証人・小林晃君 生まれてはじめて学校(夜間中学)へ
・3帖に8人の怨念(せいかつ)
・自己(てめえ)と現実(シャバ)を裁け!
・釜ヶ崎魂健在(バンザイ)なり!
・いわれなき差別(やいば)に血を流す社会!
・生徒(げんこく)の生の叫びを聞け!
次から次と“髙野ルビ”が登場する。本文の内容がこの見出しで集約されている。まさに「武器になる文字とコトバ」だ。髙野さん28∼29歳頃の思索に基づく行動が記されている。「コヤシの思想」(「外」―「内」―「外」)の髙野さんの哲学が実践されている。
「コヤシの思想」(「外」―「内」―「外」)の反対は「タネの思想」(「内」―「外」―「内」)。漢字で書くと「種と肥やし」。農業の基本は土づくり。肥しといっても化学肥料ではない。草を刈り取って土にすきこむ緑肥、牛に踏ませたワラを積み上げ十分発酵させた堆肥。これらを均等に撒き。農地を耕す。あぜ道に積み上げた堆肥から湯気が上がり、発酵が進んでいる。その上には雪も積もらなかった。髙野さんの言うコヤシはこの堆肥のことだと理解している。この肥えた土壌では作物はよく育つ。農薬は必要なかった。病害虫に強い作物になる。
「タネ-コヤシ」は分かるが、「内」―「外」―「内」、「外」―「内」―「外」はお手上げであった。私たちは髙野さんに何度も説明を求めた。その時は分かった気がする。しかし、次の日になったら自分の言葉で説明ができない。
今西富幸著『コヤシの思想―髙野雅夫と夜間中学の闘い』(海風社)に収録されている髙野さんと今西さんの対話で筆者はその意味が理解できた。
今西さんは「この対話から私(著者)が引き出したいのは、敗者として総括した自らの生き方を「コヤシの思想」と名づけた髙野雅夫の言葉なのである」(3㌻)。「外に基準を置く」(99㌻~102㌻)。「17歳だった髙野を『野良犬』から『人間』にした文字。それはやがて、奪われた文字を自覚的に奪い返そうとする彼の生き方を決定づけることになる文字だった」(表紙裏)。
初めに書いた髙野さんが漢字などに振るルビは奪われた文字を自覚的に奪い返そうとする髙野さんの生き方から生まれたものと考え、その指し示す意味を考えながら読み進めたい。9月20日、書店に並ぶ。






















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