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夜間中学その日その日 (555)

  • アリ通信編集委員会
  • 2018年3月18日
  • 読了時間: 5分

府教委との話しあい (1)

 2018年2月25日、近畿夜間中学校生徒会連合会は八尾夜間中学で府教委との話しあう会をおこなった。近畿夜間中学校生徒会連合会は、大阪府教育委員会の担当者と年2回の話しあいをおこなっている。学習者が教育行政担当者に直接学ぶ想いを語り、担当者がそれを受け止め、夜間中学の運営に生かしていく。1988年ごろから始まったと記憶している。当初、学習者が教育行政担当者に直接話をするルールはない、と話し合いを断っていた大阪府教育委員会であったが、夜間中学生の学ぶ思いや願いを聞き、運営に生かしていくことの大切さを確認して始まった。

 2009年以降の府教委担当者の発言を中心に議論の経緯変遷を記しておきたい。出典は「夜間中学その日その日」に投稿のあった記事である。

① 2009年7月12日(会場・太平寺夜間中学)

 「府が補助をなくしたので、(夜間中学設置市)に強く補食給食の継続を言えなかった」

「去年、この場で夜間中学生のみなさんから、『学びを二回奪うのか』との発言があった。奪ってはいけないと一年間頑張ってきた。しかし、府でやめたものを各市にお願いするのは、難しいことでした」

「まず、すべての市で制度を作ってもらうことに力を注いだ。次にばらつきだ」

 教育の論理ではありえない制度の変更。それに伴う繕い、と対応に追われてきたことは府教委担当者のこれら発言で明らかだ。

② 2010年3月7日(会場・殿馬場夜間中学)

 「府の補助がなくなったことは心苦しい。国と設置市の役割分担となった。金額の多少ではない。役割分担だ」「通えなくなった人が生まれたが、一方、夜間中学の認識が広がった。市町村に夜間中学担当者が置かれたことだ。不十分な点、少しでも解決するため、学んでおられる皆さんの思いを伝えていく」

 これが教育行政を担当するものの論理か?役割分担で決まっているから、通えなくなった人が生まれても仕方ありません。逆だ。この方法で解決を図る。その方法を編み出し、知事部局に提案する。これが教育行政を担当するものが果たす役割ではないのだろうか。夜間中学生はその方法を発言の中でたくさん提案している。

③ 2010年7月11日(会場・八尾夜間中学)

 「府からは2年間しか出さないが、居住市町村は(就学援助を)継続していただきたいとお願いした。もし継続しないときはとんでいって話をする」

「補食給食について、府と市町村の役割分担見直しの結果、府補助廃止となり残念な結果となった。その方針がでて時間も経っていないので、すぐに復活はしんどい」

「夜間中学に対し府は一定の役割があると(府教委は)考えていたが、(知事の)府と市町村の役割分担見直しで廃止となった」と府庁内の意見の相違を明らかにした。

「(補食給食を)府と設置市がどんな考え方で実施するようになったのか、その頃の書類を見つけることができなかった。確かに問題点はある。府が居住地に働きかけをどうするか、考えさせていただく」と答えた。

④ 2011年3月6日(会場・岸城夜間中学)

 「夜間中学は学びを取り返す貴重な場。訪問して話を聴く、この機会を大切にしていきたい」「万が一、就学援助がなくなったとき、教育扶助で対応できるのではないかと申し上げた」「就学援助がどうなるか、心配で勉強に専念できない、(との意見)本当に申し訳ない」「堺市の就学援助減額は通学費、給食がかなりの負担で、どこかを減らさないとやっていけないということで学用品費の一部となったということだった」

「補食給食を再開するに当たって、設置市を訪問、費用負担はどこか、他にかわるものを考えていくと突っ込んだ話をしたが、結論が出なかった。府も関与して知恵を出して生きたい」

「夜間中学内に支援学級はできる。それは設置市が開設する決定が前提で、それが大阪市の事情もあって、出ていない。前に進むことはあっても、後戻りしないようにしていく」

「(府教委)として責任を感じている。次にできることを考えるので、応援してください」と答えた。

⑤ 2011年7月10日(会場・堺市役所)

 教育委員会担当者は「みなさんの意見と要求を聞き、どんな事ができるか、応援していきたい」「夜間中学を訪問、元気をいただいた。直接聴くお話は貴重な機会である」「皆さんの学ばれている姿に感動した。夜間中学が存在することを知っていない人がまだまだ多い。府の職員でも同じことが言えるかもしれない。実情を聞かせていただき、ご意見を伺い、とりくみに生かしていきたい」「しっかり学んで、私たちの課で何ができるか、考えていきたい」と話し合う会に臨む考えを明らかにした。

 「府の補助がなくなり、不安を与え申し訳ない。市町村から、金も出さず、何を言っているといわれても、(夜間中学の学習条件が)悪くならないよう、話をしにいく」「国にはかなり言っている。(そのたび)こてんぱんに言われているが、これを言っていくのは大阪しかない。国にしっかり言っていきたい」「教育扶助か就学援助かを決めるのは市町村の判断。府の福祉部は教育扶助でも可能だと市町村に説明している」「補食給食を設置市でおこなうよう、(市の担当者から)嫌がられも、どなられても、同じことをしつこく言っていく」一方で「補食給食の府負担再開がストレートだ(はやい)」とも発言した。「(夜間中学の中に)支援学級を設けることは可能である。それには市の設置申請が前提で(大阪市には)引き続き話していく」

⑥ 2012年3月4日(会場・天王寺夜間中学)

 就学援助、補食給食の復活を求め集めた45336筆の署名を手交した。受け取った府教委担当者は「署名に込められた、思いを重く受け止め、持ち帰りたい」。「(就学援助は)6年ですと府は言ったことはない」「補食給食の財源を居住市に求めるか、どうかは設置市の判断だ」と完全に府として、責任放棄の姿勢。2009年2月府議会で綛山教育長(当時)は「国と市町村が援助すべき就学援助制度を、学齢に限らず、夜間学級においても補食を含めた就学援助として要望してまいりたい」と答弁している。

 「県立の夜間中学」もありうるとする昨今、夜間中学生の想いに応える制度の創造はできうる情勢だと考える。(つづく)

 
 
 
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