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夜間中学その日その日 (557)

  • 白井 善吾
  • 2018年4月24日
  • 読了時間: 7分

夜間中学の生命線 (2)

 同じ年齢、発達段階もあまり相違がない、学齢の子どもたちを対象に展開する授業に対して、夜間中学の授業の組み立ては本当に難しい。年齢もさることながら、学齢時の就学経験の有無、つまり全くの未就学、読むこと、書くことができない人から、学校には通ったことがあるが卒業していない人。そして、一人の社会人として働き、子どもを育ててきた人たちなど、共通するのは中学校を卒業していない人たちだということ。こんな人たちが、夜間中学生である。

 夜間中学生の学習要求の中味も読み書きが不自由なくできるように、四則演算が苦労なくできるように、等さまざまで、夜間中学生ごと異なる。多様な教材を準備し、展開することは不可能に近い。加えて、年度途中の編入学がある。そして、本人や家族の健康の問題もあり、休まず出席できる人は少ない。

 私の勤めていた夜間中学では、日本語のよみかきの力によってクラス分けをし、履修の順序が比較的要求される、数学などは別のクラス編成をするという方法で授業を行っていた。また、外国から来日した場合、日本語が話せない人がほとんど、まず日本語の習得をしてからという人たちが加わる。

 その中に、学齢を越えたばかりの、10代の学習者が加わると、教員の方も、他の10代の子どもと同じような進路に対応しなければということが加わり、呆然と立ちすくんでしまった。そんな体験がよみがえってくる。

夜間中学現場の苦労を教育行政担当者はわかっているのか?こんな状況に応えるだけの教員が配置されるどころか、逆に、財政難を理由に、教員の削減が実行されてきたのが実態である。

東京都(8校)と大阪府(11校)の単純比較を行う(2017年9月現在)。

東京 8校 生徒数 449 認可学級数35(展開学級59)専任教員数 85

大阪 11校 生徒数1047  認可学級数48(展開学級52)専任教員数 97

 教員一人当たりの夜間中学生数は東京5.3人、大阪10.8人。大阪は東京の約2倍ということになる。この違いは、東京都や大阪府独自の予算で、給与を負担する教員の数の違いが大きく、都道府県の財政状況が大きく影響している。

 国は2016年12月、教育機会確保法を公布し、夜間中学にさまざまな役割を求めてきているいま、国の費用で夜間中学教員を配置する新たな制度を設けないと現場は大変な状況に置かれていくことになる。

 話を戻すと、さまざまな違いがある学習者にどんな授業の組み立てをするか非常に難しい。学齢の子どもたちを想定してつくられた教科書は使えない。自主編成の学習内容の創造が要求される。授業直前までその展開を悩んだ経験はイヤというほどある。しかし、その体験は私にとってたいへんな財産になった。

 結論を先にいっておくと夜間中学の生命線として「学習指導要領に束縛されない、超越した学び」が実践できる現場であることだと考える。

 夜間中学の授業の実践の具体は『夜間中学からの「かくめい」』、『守口夜間中学その学び』(1集・2集)を見ていただくことにして、長い引用になるが、ある日の授業の様子を紹介する。教科は理科であるが、見ていただければわかるように、教科の枠には束縛されない展開となった。

 冬休みが終わった日の理科はいつも、「十二支の話」で始まる。

 タイトルは「生活の中にある十二支を探す」。およそ次のような展開だ。

「ね・うし・とら・う・たつ・み・うま・ひつじ・さる・とり・いぬ・い」

これを一つずつ、切って読み、確認をする。

次に、これを漢字で書くことにする。

「普段使っているのと違う漢字やから、注意してください」

―めったに使わんから、すぐ忘れてしまう。

―いつも、この勉強から始まるのん、わかとるから、練習しとこうと、思っとったのに。

「では皆で確かめましょう」

「子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥」

―先生、「うし」の書き順、教えてください。

夜間中学生はとたんに厳しくなる、抜けるのか、抜けないのか、はねるのか、とめるのか。「み」は「巳」か「己」やったか?以前は辞書で確認をしていたが、最近は電子辞書や携帯電話も活躍する。「「酉」は「酒」のさんずいを取った漢字」という具合に、なるほどと頷く、合いの手が入る。

「私は戌年生まれです。干支(えと)は?」順番に聞いていく。

―今年の干支。卯です。

「えっ、60歳ですか?」

―それやったらええんですけど、ひと回り上です。

―私と同じ。私のほうが年上やと思とったのに、数々のご無礼お許しください。

笑いとともに、進んでいく。

「『艮』、この漢字 みたことがありますか?」

―うえに点があったら「りょう(良)」やけど、見たことありません。

―「良」の漢字と違うんですか?

「うしとら」と読みます。

「干支は方位をあらわすのにも使われます。北は「子」。南は「午」。東は「卯」。そして西は「酉」です」

―西と「酉」は漢字が似ています。

―それやったら覚えやすい。

「北と東の真ん中の方位、北東は干支で言えば何になりますか?」「丑と寅の間です」

―「うし・とらですか」

「あいだを空けず、早く読むと」

―「「うしとら」ですか?」

―そうや、「うしとら」や、昔、この漢字の名前の家に荷物を届けたことがあります。

―うしとらは鬼門の方角や。鬼が出入りする方角です。大阪の鬼門はここ守口や。だから出入り口を守るという意味で「守口」と名前をつけた。

―OOさん物知りや。解説はいつも納得がいく。勉強もおもしろくなる。

「南東・南西・北西はどうなります?」

―たつみ・ひつじさる・いぬいですか?

「その漢字はどう書きますか」・・・なかなか出てこない。

―辰己さんやたらあります。

「一つの漢字です。「巽」です」

―生野区の巽や。大阪の「たつみ」の方角にあるから付いた名前?

「ひつじさるは「坤」です」

―そんな漢字見たことない。

―いぬいは私の旧姓です。「乾」。乾燥するの乾。

「そうです。乾かすの乾」

―旧家はいぬいの方角に蔵をこしらえていた。蔵に品物を入れていても乾燥していて、湿らない。

―私とこも、乾(いぬい)の方角に洗濯物を干します。よく乾きます。

時刻を表すのにも干支が使われたことも確認。

十干も確認する。「こう・おつ・へい・てい・ぼう・き・こう・しん・じん・き」漢字は「甲・乙・丙・丁」ここら当たりは何とか書ける。

 ―私の通信簿、丙と丁ばっかし。

 ―私とこは、優、良上、良、美、可でした。

「「戊・己・庚・辛・壬・癸」普段使わない漢字、すぐ忘れてしまう。頭がボーとしてきた。ぼうの漢字、思い出せない。しかし一つが書けなくても、次に進む、そのうち、浮かんでくる。途中で調べだすと、思い出すこともできない」

―先生がそうやったら、安心した。

「わからなくても、調べ方、知っとったらよろしい」

あちこち行きながら、ほとんどの夜間中学生が喋り、学習が進んでいく。

「甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸」この十干はもう一つの読み方があります。「き(木)のえ(兄)・き(木)のと(弟)・ひ(火)のえ・ひのと・つち(土)のえ・つちのと・か(金)のえ・かのと・みず(水)のえ・みずのとです」

―木、火、土、金、水。曜日と同じですね。

―なんで、兄と弟ですか?姉と妹でもええのに。

「十干と十二支を組み合わせて年号をあらわします。2011年は辛(かのと)と卯(うさぎ)で辛卯(しんぼう)の歳となります。「かのと う」とも言います」

―辛抱しなさいということですか?

―国が夜間中学に就学援助を行なうまで、橋下知事さん辛抱しなはれ、という意味ですわ。

「2012年は辛の次「壬」と「辰」を組み合わせて壬辰(みずのえたつ)となります。たとえば、阪神の球場、甲子園と名前が付いたのは、球場ができた年が1924年、こうし(甲子)の歳に当たるからです。そんな例がほかにもあります」

―天皇同士が殺し合いした、壬申の乱もそうですね。

―秀吉が私の国に攻めてきた倭乱(ウェラン)を壬辰倭乱(イムジンウェラン)丁酉倭乱(チョンユウェラン)といっています。

「日本では文禄の役、慶長の役といっているのんですね。韓国も十干と十二支を組み合わせて年号を表しているんですね。もちろん中国もそうです」

―60年ごとにあるという、「ひのえうま」いうのもそうですか?

「「ひのえうま」を漢字で書いてみてください」

「そうです。「丙午」と書きます」

―えらい迷信ですわ。誰がそんなこと言い出したんやろう。

この話題ではいつも、にぎやかさを増す。そんなときは話が途切れるまで待つことにして、次の話に切り替える。

「「いま、なんどきか?」「戌の刻にございます」時刻も十二支で表していました」

―草木も眠る丑三つ時、いうのもよく聞きました。

―時計のない家はどうして時刻を知ったんですか?私の生まれた村は、山奥で、子どもの頃は、電灯がありません。・・

次々、学習の内容を、自分に引き寄せ、考えていることがよく分かる。改めて、時間の表示については調べて答えることにした。

 辛卯(しんぼう)を辛抱と言い換え、「橋下知事さん辛抱しなさい」の展開はさすがだ。いろいろと、話し合い、議論をすると、思いも寄らない知恵とアイデアを夜間中学生は生み出してくる。そんなことを再認識している。

 夜間中学の授業を通して、夜間中学生の反応を考えたとき、「知の内容自体に面白さを感じる。日常生活から疎遠な知に有用性を期待する期待感」が合致したとき、学ぶ喜びがわき上がってくるのではないか。学習指導要領に束縛されない、超越した学びということになる。

 
 
 
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