夜間中学その日その日 (579)
- アリ通信編集委員会
- 2018年9月14日
- 読了時間: 4分
夜間中学の授業
50年のあゆみの中で、考えておきたい事柄の3点目に、夜間中学の授業を取り上げる。
昼の中学の授業と夜間中学の授業のちがいを言えば、昼の子どもたちの教科書は使えないということではないか。年齢、就労経験のある大人が夜間中学生だ。学齢期、どこまで就学経験があるか、全くの未就学者かも大きい。そんな違いのある学習者が、教室に座っている。
私は先生より、一回り上の戌です。昨日までできていたことが今日はできなくなるんです。だから、あれもこれも勉強しても、忘れていくことの方が多いんです。しかし、勉強はしたいんです。永年の疑問が解ける。「そうやったんか?」と得心のいくことが学びたいんです。こんなことを言われた。
学齢の子どもたちの、発達段階を考慮し、綿密に組み立てられたカリキュラムは、高齢の夜間中学生には流用はできない。流用すれば、学習者は勿論のこと、授業者も砂をかむとても苦しい、そこから逃げ出したくなる授業となる。その対極になる授業は、積極的に学習者が自分たちに学びの内容をたぐり寄せ、授業を作り上げる展開が作り出せたときだ。その時、学習者は自身の体験経験に基づいて、他の学習者に語っていることが多い。

勤めていた夜間中学では、日本語のよみかきの内容で、所属クラスを決めていた。ある程度、学習の順序制が展開に影響する数学の学習では他の学習とは異なる。従って数学の時間はクラスや学年制を取っ払い、習熟度でグループを細かくして、いずれかのグループに入って学習する方法をとっていた。計算を早く確実には追求しなかった。複雑な数値の四則演算は後回しにして、得られた数字の意味を考えることに力点を置いた。生活の中にある数字を考えることに注力したこともある。
具体例で説明しよう。もうすぐ秋分である。新聞に載っている、日の出、日の入りの時刻を調べて、夜の時間、昼の時間を計算したことがある。日の出(5時42分)・日の入り(18時02分)。日の入りから日の出の時刻を引くと、答えが12時間60分と12時間20分の二通りの答えが出てきた。1802-542の計算だと1260になる。1時間は60分だから、12時間60分は13時間ということか?だったら、日の入り18時02分と日の出5時02分のあいだの時間は13時間になるから、おかしいなぁ?どこが違うのか?・・学習者の議論がすすんでいくのをまって、「先生なんとか言ってください」と声が出てくるまで待っている。急ぐことはない。議論を重視することにしている。みんなが得心がいくまで、ゆっくりと展開することにしている。「時間と分の単位を区別して計算をすること」を確認してすすむ。
「『秋分の日』は昼夜の長さはおんなじやと聞いていたが、そうではないんや。ではいつが同じになるのか?」「秋の取り入れの時は、すぐ暗くなった」「このことを『秋のつるべ落とし』といっていました」「農作業がはかどらずに、朝星、夜星でわたしたち子どもも手伝っていました」「あの頃がなつかしいです」。「昔、家の普請をするときは、大工さんや、職人さんに日当で支払うから、少しでも長く働いてもらうため、昼の時間が長くなるころに工事にかかっていました」・・・。夜間中学生の心は、教室を飛び出し、子どものころの自分と対話をしている。
次の時間、教室に行くと、毎日の日の出、日の入りの時間を調べたメモが黒板に磁石で止めてある。それを使って、計算した。計算結果から「どのように変化していくか」を考えたり、勉強した内容に関連した文章が届けられ、学習が発展していった。内容は教科の枠組みで言えば、数学、理科になるが、他の教科に進出していける授業の組み立てができたと考えている。教科の枠組みがあるのは学校だけで、社会生活では存在しないのだ。このやりとりに、若い学習者がどんな姿で教室に居るのかがポイントになる。若くない学習者も、若い学習者が参加できているか否かを絶えず、気にしている。そして、疎外感を味合わせないように、「このやり方でええノン?教えてくれる」と若者が活躍できる場面をつくり出しているのだ。
夜間中学に転勤した当初、先輩の授業を見せていただくことに力を注いだ。話すスピード、声の大きさ、間の取り方、毎日の出来事をその日の授業に積極的に取り入れ展開していく方法など、アコーデオンカーテンで仕切った所から、耳を澄ませて聞いていた。大きな声を出す必要がないのだ、最小限の話しにして、学習者の語る時間を多くもたれていた。その日の学習内容に関連する社会の出来事を考える、展開は見事であった。その時私は、「なるほど」と声を出してうなずいていたのかもしれない。30年以上前のことだ。
多くのことを学んだ。「夜間中学は教師の道場だ」の具体例かもしれない。
夜間中学生は、欠席者が多い。本人、家族の健康、子育て、のっぴきならない出来事などが理由だ。前の授業に参加していなかった、学習者が今日は机に座っている。どんな導入と展開をするか、ここに力量が問われると言うことだ。
夜間中学の活動の原動力のひとつは「授業」だということができる。
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