夜間中学その日その日 (591)
- 白井 善吾
- 2018年12月31日
- 読了時間: 4分
『めんそーれ!化学 おばあと学んだ理科授業』
2018年もあと数時間。夜間中学にとってもにぎやかな年であった。新聞報道を見ても343本の記事が夜間中学資料情報室に届いている。2015年が最大の220本であったから今年は1.5倍になる。昨日も、「夜間中学の事、新聞に大きく出ていましたなぁ」と近所の人から声を掛けられたが、新聞だけではないかもしれない、テレビ、ラジオ、映像、出版物と多くあったと思うが、全国の夜間中学生数は減少し続けている。このにぎやかさは、夜間中学の入学生に届くには時間がかかるのかもしれない。
夜間中学の出版物の中で、おそらく初めてではないだろうか、夜間中学の理科の学びを記した本が12月20日、出版された。盛口満著『めんそーれ!化学 おばあと学んだ理科授業』(岩波ジュニア新書)がそれだ。

著者が、沖縄の「珊瑚舎スコーレ夜間中学」で行った理科の授業記録である。全部で16時間の授業で展開された夜間中学生とのやりとりが詳細に綴られている。盛口さんの豊富な知識に基づく、用意周到な準備と展開を乗越える夜間中学生の生活の実体験から生まれる「突っ込み」で学びに深みが増し、それを受け入れ、授業を組み立てていく、柔軟さは驚きだ。
私の場合、ドングリのデンプン→ドングリ団子→朝鮮のドングリようかん「トトリムッ」の展開止まりであったが、さらに進めて、こんにゃくいも、ナタデココ、セルロース、わら半紙、イトバショウ、芭蕉布、バナナやヨモギからつくる紙、漆喰、テーブルサンゴを焼いてつくる石灰、こんにゃくづくり、と夜間中学生の生活体験を引出し、授業を組み立てていく見事な展開だ。
夜間中学では、同じ教材で学習に入っても、クラスによって展開は大幅に違ってくる。それは夜間中学生からだされる「突っ込み」「語り」が異なるからだ。久しぶりに登校した人を学習の中心に引っ張り込む展開も必要だ。盛口さんの展開では、石灰、漆喰のところで私はその夜間中学生を引っ張り込んだ。左官屋さんであるが、今年は忙しく、学校に登校できなかったであろう。大阪北部地震で屋根瓦が緩み、台風21号で屋根瓦が飛ばされ、屋根を葺き替えたあと、瓦の隙間を漆喰で埋めていくのは左官屋さんの仕事だ。地下足袋に履き替え、屋根に上る。運動靴では危ないんだといっていた。漆喰の強さについて、級友に語りはじめた。初めて聞く話に、私も夜間中学生も聞き入った。彼がその時間、欠席していれば、他の展開になっていったであろう。
「ムクロジ」の話しもそうだ。ムクロジの種は硬く羽子板でつく、はねつきの羽根の根元の黒い玉だ。家にムクロジの古木があって、ムクロジの実で「昔のせっけん」の展開をした。何人かはその経験があったが、界面活性剤の話しから、
私の場合、朝鮮半島で、夜間中学生がやっていた、洗濯物を、灰汁の上澄み液につけ、棒で叩いて洗濯をする展開になった。廃油を使って、石けんをつくる展開は同じであるが、界面活性剤、油と水の親和性の展開から「チッソ水俣」の展開は欠落していた。盛口さんはここをきっちり押さえられている。社会の出来事、社会問題に理科の学習を通して切り込んでいく視点は重要だ。
盛口さんは「化学式や計算など、それを理解、扱うことでもっと深くわかることはたしかにある。でもその前に、僕はまず、さまざまなものとかかわって生きてきたことに立ち返りたい。ふだん口にしている「化学」や「科学」といった言葉から押し出されてしまっていることがないか、ふりかえってみる必要があるように僕は思う」と述べている。
盛口さんが日教組教研理科教育分科会や、ミニ教研で紹介する夜間中学生のいう、「ああ」と今の小中高校生が使う「へぇー」も述べている。「みんなも学校の先生になったら『へぇー』じゃなくて『ああ』といわれる授業ができたらいいな」と勤務先の沖縄大学の授業で話している。
夜間中学で学んだあと、大学生を前に「学ぶことで、新しい自分に会えるんです」と語る夜間中学生の言葉を紹介している。
ひと味違った夜間中学の本が出たこと、喜びたい。夜間中学生が主人公となる夜間中学が全国で展開する大きなヒントが多く語られている。