夜間中学その日その日 (659)
2020年、夜間中学100年にむけ新たなあゆみへ
新しい年になった。
除夜の鐘をつくため、お寺を訪れることにしている。本堂にお参りして、鐘楼につづく列に並び、順番を待つ。順番が来ると、両手を合わせた後、勢いをつけてひと撞き、震動が広がっていく、もう一度合掌する。勢いをつけた撞木(しゅもく)の運動エネルギーが鐘の振動、そして空気を振動するエネルギーに変化して、伝播し、減衰していく。
夜間中学開設運動により、天王寺夜間中学が開設して、2019年は50年目の記念する年であった。前川喜平さんが大阪人権博物館の特別展「夜間中学生展」を訪れ(2017.12.08)、展示物16ミリ映画フィルム「夜間中学生」の前で、「髙野さんの全国行脚と開設運動がなければ、夜間中学はなくなっていました」としみじみ話されたことを想い出す。
「夜間中学生歴史砦・夜間中学卒業者の会」の発足記念集会(2019.12.21)で参加者が再確認したことがある。ここに居る参加者に共通することは「夜間中学」だ。髙野さんの全国行脚と開設運動がなければ、知りあうこともなかったし、今日の発足記念集会も存在していないのだと。
突き動かしたもの、髙野さんは著書の中で次のように書いている。「日本国憲法を始め、全ての人間の法律から切り捨てておきながら、俺たちを裁くときだけ、人間の法律に当てはめて裁くのだ。かつて野良犬のように飢えしのいでいたオレの時もそうだった。行政管理庁のヤツらは、一回も夜間中学に見学にすら来ないで、たった一枚の紙切れで死刑宣告をする。そんなヤツらに殺されてたまるか。今に見ていろっ!」(『夜間中学生タカノマサオ』57頁)。
夜間中学に今、耳目が集まっている。減衰させてはならないと考える。多くの人たちに夜間中学が在ることを伝えていく。夜間中学開設運動のうねりを起こす。夜間中学の卒業生、夜間中学の退職教職員そして市民で発足した、「夜間中学生歴史砦・夜間中学卒業者の会」もその役割を果たしたい。
夜間中学で学んでいる夜間中学生、夜間中学教員による夜間中学の熱い想いのこもった学びと夜間中学の存在意義を発信し続けていただきたい。わたしたち夜間中学卒業者の会はややもすれば減衰しがちな行政担当者に大きな影響力を発揮するとりくみに加わりたい。
夜間中学資料情報室ではさまざまな情報を集め、分析をし、「夜間中学その日その日」などで、分析結果を報告している。2017年66回、2018年49回そして昨年は70回、メーリングリストに記事を掲載している。
資料情報室で把握できた夜間中学の新聞記事は総数 約4700になる。2019年は459であった。追ってその目録を掲載する予定だ。

4700と言っても、これは全体の一部である。おそらくその数は3倍~4倍を超えるであろう。メーリングリストで記事の掲載や情報の共有が進んでいけばと考える。わたしたち夜間中学資料情報室もテレビ・ラジオ、新聞、雑誌記事、研究論文、出版図書など分析を進めながら、夜間中学開設運動に参加していきたい。






















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