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夜間中学その日その日 (1089)  夜間中学資料情報室

5月9日
読了時間: 4分

  髙野雅夫夜間中学資料の魅力 ⑩       2026.05.09


 1964年3月18日髙野さんは夜間中学を卒業した。卒業後、杉並区善福寺池近くの木造二階建てのアパートで「彼女との共同生活が始まり、翌65年8月14日、長男生誕生。おやじとしての責任上、不完全燃焼のまま。土方、運転手助手などの日雇いを続けていた。66年11月29日、行政管理庁の夜間中学早期廃止勧告の新聞記事を見たとき、体中から血の気がすっと引き、やがて心臓がドキンドキンと高鳴り、震えが止まらなかった。それは、まさに俺にとって信じられない、突然の死刑宣告だった」『夜間中学生タカノマサオ』 (55~56㌻)。とあり、自筆年譜も卒業後2年8カ月、夜間中学とのつながりが不明で、突然、廃止勧告が出てきて、年末に、池袋の喫茶店に塚原雄太先生を呼び出し、廃止勧告を受け夜間中学は反対運動に立ち上がるのかと問い質す。この流れでしか、髙野さんからも聞けていなかった。

 461日の全国行脚の記録・「わらじ通信」はまず、官製はがきに直接書き、投函する前に大学ノートに書きとどめたということはうかがっていた。「わらじ通信」と10数冊の大学ノートは「最重要」と書いた箱に保存されていた。リバティーおおさかの夜間中学生展でわらじ通信は展示したが、スペースの都合で、大学ノートは展示できなかった。

 そのノートの中に7月26日から始まる『1966.7 “夜間中学”メモ』があることが分かった。


7月26日(火)晴

p.m 5:30 荒川九中行 3カ月振りに訪れる母校―職員室、見城先生、顔見知りの生徒たち―懐かしく心が躍る。新しい顔、顔―ソフトボールの仲間に入れてもらい汗を流す。打つ、走る、投げる。皆力一杯のプレーをする姿。太陽の下で汗を流すことの少なき子等―。太陽のない教室―太陽のない子等―彼等から太陽を奪ったのは誰だ―。7:15 給食 冷しソーメン。…と几帳面な文字で綴られている。

 

8月13~15日荒川区営妙義キャンプ場で(在校生21名+卒業生8名が参加)する行事が組まれ、その準備が目的だったのかもしれない。しかし、それだけではないようだ。翌7/27のメモには次のように書かれている。


「早目に学校に行き、見城先生と打ち合わせをする。専門用語について、映画用語の講義をしてくれとのこと。いざ思い出そうとしてもなかなか思い出せないものだ。特殊な裏方用語だけ取り上げガリを切る。

*前半 国語の授業はプリントを使って討論する。皆活発な意見あり。最後には15分程 小生の講義。初対面のひとが多いため、自己紹介から入る。真剣な眼に圧倒されて、いささかアガル。

給食 カツをはさむパンとジャムパン半切れ

*後半 塚原先生の講義。「なぜ勉強するのか」「立派な人間とは」「何のために勉強するのか」夜間中学の存在価値―夜間中学で最も大切にしなければいけないもの―等々分かりやすく、ユーモアをまじえて、巧みに話される。やはりキヤリアの差だと思った‥‥」。


 7/20から夏休みが始まるがキャンプ期間を入れ、ノートには7/26~9/6までの期間12日間の記述がある。髙野さんは荒川九中夜間中学に入学するとき、すぐには校門を入ることができず、「2、3日後『夜間中学のシナリオを書くため勉強させてください』と嘘をついて学校にもぐりこんだ」とあるように、映画には基礎知識があったのかもしれない。そこに着眼、見城先生は髙野さんに授業時間を譲っておられる。

 ノートには18ページにわたってキャンプ期間の出来事のメモがある。

遅れて参加したOBも含め。二日目夜のキャンプファイヤーのOBの出し物の記述がある。

 

 一同「こんばんは」 /I T 「我々二部の卒業生」/ I I 「参加させてもらってありがとう」 /「二部生!」/ S 「下町の太陽」/ 「二部生!」/ 髙野「苦しくとも負けるな!」/「二部生!」/ T 「僕たちも負けない」/ K「私たちも負けません」/「二部生!」/A 「皆んないっしょに」/「二部生!」 S 「仕事に勉強にガンバロウ」 /一同「身体を大切に、又会おうよ」

そして、「今夜の主役はあくまで二部生なのだ。その生徒たちとの交流を最大の目的とした我々の企画は大成功ではないか」とある。


 歌を奪われたといっていた髙野さんは、ここで歌を唄ったのだろうか?唄えただろうか?

 このことが契機なのか、在校生への家庭訪問をする見城先生に同道したり、荒川九中や八王子で開催された、第13回全夜中研大会(1966.10.28~29)に参加する記述もある。


 見城先生が夜間中学の作文指導の授業を荒川九中の夜間中学生9人を相手に八王子で、実際に行い報告する記述がある。そこには「日頃同様に少しもあがらず、堂々としていた。先生と生徒が人間的な信頼で結ばれているのだ。参加者に大きな感動を与える」と書かれている。

 会場に展示してある写真展にあった3人の作文、「学校生活」「卒業式」「働くこと」を書き写した後「どんな人の言葉より、生徒の声は心を打つ。生の声を心の叫びを聞き捨てにしてはいけない。それを文字にシナリオに―映像にしなければいけない。それが俺の仕事だ。全国大会に出席して今更の如く痛感すると、証言映画「夜間中学生」制作の構想を持っておられたことがうかがえる。(つづく)

 
 
 

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