夜間中学その日その日 (1097) 夜間中学資料情報室
髙野雅夫夜間中学資料室 第1回講演会(その2) 2026.06.20
日韓識字文解交流に参加された韓国文解教室の学習者 金ジェスクさんのメッセージが収録されていた。金さんは卒業後、学校の指導者となり、韓国生涯学習法改正運動の先頭に立ち青瓦台での集会でスピーチをされた方だ。
こんにちは、私は韓国・永月(ヨンウォル)に住んでいます。名前は金ジェスクです。遅ればせながら文解教室を知って通い、勉強し、文字を一つずつ学びながら理解できるようになりました。髙野雅夫先生が天国へ行かれたと聞いて驚きました。多くの苦労をされたでしょうが、天国へ行かれて、どうか安らかにお過ごしください。髙野雅夫先生がいらっしゃったから、私たちは目を開けることができました。文字を学びたかったのですが、学ぶことができて本当に感謝しています。本当に光栄に思い感謝しています。文解教室に数年通ったあと、5泊6日の日程で日本を訪問、夜間中学の皆さんと交流しました。たくさんの先生方皆さんにお会いし多くのことを学びました。
韓国では今、こうした文解学校が非常に多くの人たちが学べるところとして韓国いたるところに広がっています。私が住んでいる永月にもいくつもあります。今そういった文解学校が運営されています。目を開けることできるということにとても感謝しています。生きている間も自分の人生を生きているようです。ソルメ学校に入ってあちらこちらで講義を行っています。全国を回ったけど非常に多くの非識字者がいることが分かりました。日本にも行って多くのことを学ぶことができました。

もう一つは髙野雅夫さんが韓国の集会で朝鮮語で報告された映像が映された。
「こんにちは、私は日本の東京の夜間中学校卒業生・髙野雅夫です。今66歳です。日本では戦争で勉強できなかった人たちのために、夜間中学校があります。東京、横浜、京都、大阪、奈良、神戸、広島に30以上の学校があります。学生は日本人、在日韓国人、朝鮮人、中国人、フィリピン人、ベトナム人、3000人以上の人が毎晩、一生懸命学んでいます。どこの国の人でも無料で学べる夜間中学をもっと作れるように、生徒たちと共に政府に要求しています。文字を学ぶことができず、書けない人が日本にもアジアにも世界に10億人の人たちがいます。その人たちが一日も早く勉強できる時代をつくることが私たちの夢です。よろしくお願いいたします」噛みしめる様に話される朝鮮語のスピーチである。
萬稀さんは学生時代ひとりの読み書きのできない人との出会いに衝撃を受け、梨花女子大学校で有機化学を学んでいたが卒業後文解教育を専攻するため明知大学の大学院に入学、韓国文解教育協会会長の黄宗建先生の研究室で学ばれた。同時に1982年 城水夜間学校 ボランティア教師。1991年ヒキガエル識字班ボランティア教師として経験を積みながら 、1996年韓国安養市で市民大学(文解教室)をボランティア教師5人と始められた。
髙野さんの呼びかけに応え参加した日韓識字文解交流で、私たちが訪問した安養市民大学は2002年には学生500人 教師50人 支援者50人だとお聞きした。その活動内容にも圧倒された。読み書き学習・ワンハート無料食事(食事ができない高齢者支援)・青少年学習ルーム(低所得・片親家庭)・ 環境活動(グリーンショップ運営、河川の再生)・ 議会監視(市議会活動)・市民政治参加(女性政治参加連帯)が活動内容であった。そして日本が起こした戦争やその後の朝鮮戦争が原因で学べなかったひとたちが学ばれていた。
現在、安養市民大学が加盟する全国文解基礎教育協議会には68の機関 / 6000人(教師、学生、支援者)の組織になっている。
文字解得教育を改正し文解教育として2008の改正された生涯学習法で国家的な取り組みを成文化した。そこでは成人識字教育プログラムの開発および運営支援を行う「国家文解教育センター」を開設された。① 文解教育の促進に向けた研究、調査、広報(官民・企業連携)② 文解教育に関する統計および実態調査 ③ 識字教育教員の養成および研修•市や道の文解教育センターの管理および支援 ④ 文解教育総合情報システムの運営を行っている。
現在の日本と韓国の識字をめぐる状況は2002年当時とは逆転、韓国がはるかに前をいっていることがわかる。成人文解教育のコース別教材の編纂に取り組み、「単純な文解」を超えて「生活の文解」に取り組んでいると講演で報告された。
萬稀さんは韓国内の文解教育確立に大きく寄与された。国から引き続き関与を求められたが、それは「後輩に譲り」、退き、田舎で文解教室を始められた。2012年、母校梨花女子大学とカンボジア政府が共同で始めることになったカンボジア国内の文解教室と指導者養成の創設からそのとりくみに関与されることになった。
その選択をするのに髙野雅夫さんが大きく影響していたことは追悼集の萬稀さんの文章で確認することができる。
「『一人で運動を続けてください』という(髙野雅夫さんの)語られない遺言もあります。多くの人の希望を受けて、私は心身をかけて韓国文解教育運動を進めました。ついに韓国で文解教育法が制定され、中央政府と地方自治体が本格的に文解教育を施行し始め、非識字者の世界が開かれ始めた。その後、私は文解教育を進める地位と機会の提供を受けました。しかし、世俗的な賛美の誘惑に耐えられる『髙野雅夫の〝コヤシの思想〟』の魂とDNAを受け継ぎ、『ダメだ !』と拒みました。私は2012年にカンボジアに渡りました」
持参されたパワーポイントで映し出された画面とその説明に筆者は大きな衝撃を受けた。






















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