夜間中学その日その日 (1099) 夜間中学資料情報室
髙野雅夫夜間中学資料室 第1回講演会(その3)
萬稀 「カンボジアの小さな村から」 2026.07.04
萬稀さんは6月13日帰国された。『生きる 闘う 学ぶ』に寄稿いただいた萬稀さんの朝鮮語の文章を編集部は読み返した。執筆時期は2018年12月。2026年6月の公開講演会も記録映像をベースにパワーポイントも入念に準備いただいたように、この寄稿文も夜間中学への大切な提起をいただいている。日常に埋没し、理由をつけてそれを正当化しがちな夜間中学現場の姿勢に大きな危惧を指摘されているのではないだろうか。義務教育機会確保法がもたらす夜間中学の危機を2018年12月時点で夜間中学に提起されていることに注目したい。天王寺文の里夜間中学の存続ができていない現状の中、2026年6月の訪問は夜間中学の側が萬稀さんの問いかけに応える順番であった。反省を込め、2018年12月の萬稀さんの夜間中学への問いかけを再掲する。講演の紹介記事の途中であるが理解を深めるため、紹介する。訳文のため、私たちが普段用いる語彙と異なるものが入っていること、ご容赦いただきたい(編集部)。

日本の夜間中学運動で『人間宣言』の歴史を築かれた関西の夜間中学の皆さんに感謝と敬意を伝え、50周年を祝福します。
2002年から2008年まで、日本の夜間中学の幾人かの先生や夜間中学生と肩を組みながら、韓国の識字運動を紹介してきました。2009年には小さな農村で多文化教育コミュニティや地域文化運動に参加し、2010年には偶然のきっかけでカンボジアを訪れることになり、2013年から現在までカンボジアに滞在し、非識字学習者としての生活を送っています。ですので、ご依頼の日本の夜間中学運動に関する意見や感想をお伝えするのは非常に難しくて荷が重いことで、どう返信すべきか悩んだ末に、思い浮かぶ考えをメモのように共有しながら感謝の気持ちを伝えようと思います。
世の中で本当に必要な『価値』のあるものについて話すとき、光や塩にたとえられることがあります。日本の夜間中学は、非識字学習者の生活において塩のような役割を果たしています。塩は私たちが食べる食べ物の味を引き出します。また、食材の倉庫である海から生まれ、体内では新陳代謝を促して消化や吸収を助け、老廃物の排出や新しい細胞の生成を促進します。
10数年間、こうした様々な出会いや文章を通して、日本の夜間中学校の学習者たちの心を分かち合ってきました。いろいろな話や事情がありますが、特に印象に残っているのは、『学校に通うようになって、やっと生きる気力が出てきた』という学習者の言葉です。その意味をかみしめると、学校に通っていなかった時は生きる気力がなかったということです。文字を習わなかったことで感じる恥や罪悪感、恐怖のために、涙やため息の中で死ぬこともできずに生きていた、という痛切な告白です。だから、非識字学習者にとって、夜間中学は痛みや傷を与えると同時に心を蝕む恥や罪悪感、恐怖を取り去り、自分の尊厳、自由、希望で新しい命を作るために必要な学びの細胞の生成を促進する、まさに塩のような役割を果たすと思います。
リテラシー教育は、単に知識を受け取るための機能的な授業ではなく、教育内容(知識)に対する絶え間ない自己反省を伴うものであり、『自己反省』は自分の人生について考える核となるからです。自己反省を通じて新しい命を築く基盤となる識字教育の意味と価値を、『私は夜間中学で文字と言葉だけでなく、「人間として誇りと権利」を取り戻すための闘いを学んだ』(武器になる文字と言葉の中から)という髙野雅夫夜間中学運動家の叫びと、『한(ハン): 漢字一つ一つ、글(グル): 文字を学び、날(イル): 毎日新しい世界』という韓国の識字学習者の「ハングルの日」三行詩を通して、改めて気づかされます。
二つ目に、日本の夜間中学運動は韓国の文解教育の光として現れました。光の辞書的な意味は『物質を見えるようにする電磁波』だと言います。韓国の文解(読み書き能力)教育は、2002年から始まった日本の夜間中学校との交流を通じて、ようやく韓国の文解教育の過去と現在、そして未来を「公教育の観点」から見ることができました。韓国の文解教育は「夜学」という自主的な民間運動から始まり、長い間公教育の枠外で進められてきました。ユネスコは「すべての人のための教育(Education for All)」というメッセージと、憲法に明記された関連条項、すべての国民が政治・経済・社会・文化の生活の領域で差別されず(憲法11条)、均等に教育を受ける権利(憲法31条1項)、小学校の無償教育を受ける権利(憲法31条2項)、生涯教育を保障される権利(憲法31条5項)などに基づき、国民の文解学習権の保障を主張し、「文解学習権は人権」というスローガンで文解教育関連団体を全国的に組織し、国民への広報を行っていましたが、具体的に国家レベルでの法律制定や政策提案などにはあまり力を注げていませんでした。
ちょうどその時出会った日本の夜間中学校は、長い間公教育の正規学制の中で正規教師によって安定的かつ継続的に運営されていて、夜間中学運動の歴史を牽引してきた『人間宣言』の精神は、教育プログラムや学習者たちの活動を通じて生き続けていました。特に自主的な夜間学校は、とても身近な『同志』でした。
まとめると、『教育の平等と教育の正義』を目指す下からの民間教育運動である韓国の識字教育運動は、日本の夜間中学との交流を通して、理想と現実という二羽のウサギを追いかける『夢は実現できる』という確信を見せてくれました。
その後、韓国のリテラシー教育は、リテラシー学習コミュニティやさまざまな関係者と本格的に連携し、『リテラシー教育法(仮称)』制定運動を進めましたが、残念ながら2008年に生涯教育法の中で『文字習得教育』の条項として明記され、現在も修正・補完が続けられているものの、なお多くの課題を抱えています。それでも、法的な支援体制を通じて、多くのリテラシー教育機関や施設で教育が行われ、学歴認定やリテラシー教育士の養成などの新しい取り組みも行われています。
一方、日本の夜間中学は2016年12月7日に「教育機会確保法」(義務教育段階の普通教育に相当する教育機会の確保に関する法律案)が制定されましたが、年齢超過の学習者だけでなく、不登校の生徒や学校外の生徒、外国人労働者、結婚移住女性など幅広い学習者が含まれる議論になっており、夜間中学の歴史や精神を生かした教育活動が難しくなるのではないかと思うと、残念です。
最後に、夜間中学運動を引っ張ってこられた方々のことを考えます。韓国の文解教育に光をもたらした日本の夜間中学、その夜間中学に光を送った太陽のような方々がいます。太陽のように熱い情熱と高い志を持った方々です。
過去50年以上にわたって日本の夜間中学運動を引っ張ってこられた多くの学習者や教師たちこそが、その方々です。
太陽の位置に応じて時期や方向を決めるように、お互いの意志や計画を尊重し、太陽の熱や光に合わせて日常生活をするように、お互いの情熱に共感し、生活を分かち合いながら夜間中学運動を引っ張ってこられた、太陽のように大切で美しい方々に、改めて敬意と感謝を伝えたいと思います。
特に2002年12月から昨年2018年11月まで、直接お会いして励まし応援してくださった多くの学習者の皆さんや先生方に、手を合わせて頭を下げて感謝します。 光の源となる太陽は昇り沈み、また昇ります。 夜間中学運動を引っ張ってきてくれた何人かの方々の年月が刻まれた姿を見ながら、沈む太陽を思います。もしかすると、すでに沈んでしまったのかもしれません。
小さく荒れた東南アジアのある村に新しい日が昇ったからです。前に沈んだ太陽が喜んで肥料となり、小さな村に新しい命を促す新しい太陽として再び昇ったようです。
2008年の韓日文解交流では、『韓日文解学習者共同宣言文』を通じて、韓国と日本の文解学習者の連帯を通じて、アジアとアフリカの多くの第三世界の『文解学習権』保障のための支援と連帯を宣言しました。宣言が実現できるように、夜間中学の学習者の皆さんと先生たちは日韓交流やさまざまな努力をしてきました。私もあの日の約束を神聖な重荷として抱えながら過ごしていたところ、偶然カンボジアを訪れることになり、戦争と貧困で学ぶ機会を持てなかった大多数のカンボジアの人々を見て、あの日の約束を守る時が来たことに気づき、6年間滞在し、識字学習者として、時には識字教師として、体いっぱいで学び教えながら暮らしています。
「文字の理解は進歩を達成するための基本であり、国家の意思決定に意識的かつ批判的に参加できる民主社会を築くために不可欠なものです。あなたは読み書きを学ぶことで自分が生きている現実を知り、歴史の傍観者ではなく主人公になれるのです」ある教育者の言葉を噛みしめながら、勇気と力を出しています。民主社会の樹立のための小さな行動が続いているカンボジアで、いつかまたどこかの小さな村に読み書きの年が再び訪れるよう、カンボジアの識字世界の肥やしになれることを願っています。






















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