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夜間中学その日その日 (1114)  白井善吾

1 分前
読了時間: 7分

        「最首悟」が居る            2026.09.26

 2026年2月8日、最首先生はお亡くなりになった。89歳であった。先週9/19(土)東京駒場で最首悟さんをしのぶ「最首悟が居る」の追悼シンポジウムがあった。最首さんはわたしたちの世代の多くは耳にした名前だ。朝日ジャーナル1969年1月19日号「玉砕する狂人といわれようと―自己を見つめるノンセクト・ラジカルの立場」でその名を知った。1969年は天王寺夜間中学が開校した年で、私は、卒業式はなかったが、近くの予備校で卒業証書を受け取り、4月、教員になった。多くの仲間が学内で闘争を継続していたにもかかわらずである。

来校した国会議員に考えを質し、応答する神本議員(2014年)
来校した国会議員に考えを質し、応答する神本議員(2014年)

 

 その最首さんにはじめて会ったのは、34年後2003年1月、52次日教組教育研究全国集会(奈良)理科教育分科会の共同研究者として同席されていることを初めて知った。私の発表は最終日の一番最後。途中休憩時、会場から見晴らしのきく奈良盆地をながめながら、共同研究者の山口幸夫さんと最首さんがお二人で「二上山はどれでしょう?」と話されているのを後ろから聞きつけた私は、奈良近辺に住むものとして「ラクダのこぶの形の山が」と説明した。この時の出会いを山口さんは何度も口にされているが、私にとって忘れられない出会いとなった。9/19の第2部しのぶ会で、私はこの出会いのことをスピーチさせていただいた。

 大阪から私たちの報告は全国教研で長く報告することはできなかた。38次の盛岡教研の課題別分科会で夜間中学の活動を報告したが、近畿の夜間中学の理科部会で議論し、実践している「理科の学び」について報告して全国の組合員に議論願いたいと願っていて、奈良教研で実現した。

 分科会の議論は小・中・高校別と物理・化学・生物・地学に分かれ報告されるものだと覚悟して臨んだが予想は見事外れ、例えば高校物理の先生も小学校の理科の報告を聞いて、議論をするという組み立てに変わっていて、展開も「私たちは今、地域でどう生きるか」「地球市民としての意識をどう培うか」「ソフトパス・循環型社会へ」「基礎と基本について」「学力について」の柱で報告と議論が進んでいく進行であった。これなら、夜間中学の報告もどこかに位置づくと受け取ることができた。

 三日間の議論を終え、最首さんから2,500字あまりの次のような文章が「日本の教育 第52集」に記載されている。これは夜間中学のいま存在することの意義を夜間中学以外の方が記述いただいた、夜間中学の果たす役割だと考えている。長文になるが紹介させていただく。

 

   このレポートに学ぶ              最首悟

 

 今次教研の記念講演は、なだいなださんの「それぞれの原点に戻ろう」であった。

 理科教育分科会はほぼ十年にわたって、現場の実践課題と原点の往復運動を試みながら、理科教育のめざすものを模索してきた。その成果はこの数年、生きる力と学力をめぐる基本、基礎のとらえ方と、ハードパスに対するソフトパスへのアプローチなって表れてきている。基本、基礎の把握の仕方とソフトパスへの視線は二つの絡み合う縄のような関係になっている。基本とは生きていく基準となる価値観であり、基礎とはその基本を実現していく様々な初発の方法であり、ソフトパスとは多様な再生可能なエネルギーを組み合わせて使うライフスタイルとすると、基本、基礎とソフトパスはお互いに因となり果になっていることに気づく。この両者の絡みあいを簡潔に言うと「それぞれの原点」ということになるのではないかと思われる。地球を思い浮かべると、その球の中心は一つである。しかし球の表面を考えると中心は無数にあることになる。どこをとっても中心である。和歌山県の村に「ここは地球の中心です」という標が立っているという。そのとおりで、しかし隣の村も中心なのだ。「原点はひとつ」と「それぞれの原点」はこの球の中心と表面の中心の関係に似ている。そして私たちは地球の表面に住んでいるということを比喩的に付け加えてもいいかも知れない。

 「それぞれの原点」は決して排他的な閉鎖的な独善性を主張するものではない。ただ、私たちは、ここに居ますよ、そしてここは一番大事ですよと横並びに主張しているのであり、そう主張することで、おのずと「原点は一つ」の思いを共有しているのである。

 全国教研は先生たちが、現場の実践を持ち寄って、公開し学び議論する場である。日常、一人ひとりの先生が何十人の生徒という原点に対応する原点になっている。その先生が大勢集まって横並びの原点になっていて、「原点は一つ」を浮かび上がらせようとする。先生は鵜飼いの鵜匠ではないということは、これはもうはっきりしているのであるが、じゃあ、自分はどんな原点であり、自分が教研に出てきたとき「それぞれの原点」としてどんな原点を浮かび上がらせようとするのか。それはそんなに明示的ではないが、有るということは疑えないという思いをいだいて再び現場に戻る、というのが教研の意義ではないだろうか。ちなみに、共同研究者とは何ぞやという内心忸怩たる思いがあって。共同研究者はガンなんかじゃないかというような意見に出会うと、そうだ、そうだと思うのであるが、理科教育分科会では、少なくともこの十年、教育困難期だからこそ「それぞれの原点」と「原点は一つ」の関係に焦点をあわせようとしてきた、ということ言える。

 このような状況の中で、今年の「このレポートに学ぶ」は、しかるべくというか、当然のように、大阪府教職員組合の白井善吾先生(守口市立第三中学校夜間学級)の「夜間中学―夜間中学から考えている理科―」になった。夜間中学は開設し維持していくことに多大な困難をともなう。夜間中学の存在が日本という国の過去の侵略や抑圧、責任の放棄をつきつけてくるからである。しかし同時に夜間中学の存在は、人のやみがたい学ぶことへの渇望を確認し、教育とあくまで子の渇望をもとにしているという教育の基本を強く喚起しているものである。

 白井先生は、小沢有作さんの「成人学級の識字」に同意しモットウーとされている。「学校の識字」はより所有することによってはしごを上り行政や企業でよいポストつけるという幻想を絶えずかき立ているのに対し、「成人学級の識字」は「今生きている場所に居座って、これをよくしていくための識字」なのだという。国家が主導する公教育の光と影の光について、人類普遍の理想の実現があることは否めない。

 しかし、それは必然に地上から離れて高みに上がっていくことを意味した。そしてそういうふうになりつつある自己意識が、地上にしがみつく他者を地上の星でなしに地上の屑と見なし、権力構造を強化していく一大国になったのである。人が学ぶ意欲をなくすとき、それは直感的な知の権力へのレジスタンスである。なぜなら人は学ぶ渇望があるからである。だから学ぶ意欲の喪失は、制度化された知の学習によって自分が権力構造にまきこまれ、それを支えるにいたることの拒否なのだ。「先生」に対する反感はいつだってあることを「先生」はまず自覚すべきだ。というのが先生家業の第一歩であるゆえんである。

 「学ぶ渇望」が「ここに居座るための学び」にストレートにつながるとき、おそらく今は矛盾だらけな「グローバルに考え、ローカルに生きる」というテーゼが実質化され、科学技術と資本と国家の三位一体の権力構造を打ち破り、戦争をなくすることが可能になるのではないか。白井先生のリポートはこのことを強く示唆し、私たちに教育の可能性をあらためて信じさせてくれる。「夜間中学生に対し。学齢の子どもたちを想定した教科書は役立たない。いま生きている場所に居座って、この世を変える確かな行為ができる」という先生のまとめを噛みしめたいそして「学齢の子どもたち」という無理、虚偽を暴いて、教育の自主編成をむねとする原点でありたいと、わが身を振り返ることが肝要である。

 

 長い引用になった。途中で止めることができない。言葉が編み上げられていく。一言も無駄がない文が展開されている。四半世紀前のつたない報告をもう一度読み返している。

 400人を超える人たちが参加した集い「最首悟が居る」の登壇者の発言は「最首悟が要る」であった。「髙野雅夫が居る」は「髙野雅夫が要る」でもあるのだ。

 
 
 

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