夜間中学その日その日 (897) 白井善吾
- journalistworld0
- 2023年7月16日
- 読了時間: 5分
夜間中学の存在意義(1) 2023.07.17
「生徒の学びに向かう姿の純粋さに感動した」。この4月、新たに夜間中学に赴任した、ある管理職の言葉だ。夜間中学の教室の雰囲気に接した人は異口同音、この感想を言葉にする。今の教育現場から奪いとられ、喪失してしまった「教育の原点」がここにあるという言葉も耳にする。
6月中旬、子どもたちが田植えの体験をする実習に応援としてある小学校を訪れる機会があった。「今日の体験が、ひよっとしたら、初めで最後の体験になるかもしれません」と言ったら、すかさず、子どもから「いっぺん、田圃に入って、田植えがしたかった」「農業が好きです」「農業の仕事がしたい」と返事が返ってきた。去年、田植えと稲刈りを体験した6年生が、今年は5年生を指導する。こんなとりくみを長く実践されているこの学校は、保護者もこの日、応援に参加されている。
子どものころ、通っていた学校は6月と11月に、「農繁休業」が設けられていた。授業を行なっても、休んで家の農作業を手伝うこどもが多く、開店休業状態となり、「農繁休業」が設けられていた。その代わり、夏休みは8月1日からと、10日ほど遅く始まった。
この時期の農業体験は後になって、大きな影響を受けていたんだと考えている。子どもでもこなせる仕事がまわってくる。早苗を3本ずつ、碁盤の目ところに植えていく。大人は早く植えていくが、子どもの私は遅れがち、蛭(ひる)が襲ってきて、血を吸い、かゆくなって気がつくと、足に蛭がぶら下がっている。引抜いても、出血は止らなかった。なんとか幅1.2m、長さ50mの区画を植え終え、畦にあがると、蛇がはっているように曲がりくねっていた。すかさず、祖母は植え方がまずいとは言わず、「これで今年も豊年や」と真っ先に褒めてくれた。このタイミングでいった祖母の一言は、教師になったとき、よく真似をした。
農業は学校の授業の底支えをしていたと考えている。「田圃の面積は一反二畝(12a)、肥料はいくらまかないといけないか」そんな問題が親から出される。「先生」は祖母や親だった。少々、荒っぽい授業であっても、百マスの練習をしなくても、ゆっくりと、親が教えてくれた。比例計算をあぜ道に棒で書いて、蒔く肥料の量を求めた。代かき前の田圃に入って計算で求めた重量の肥料を散布した。
私が家で稲作をしている事を知っている夜間中学生は「今年の稲の出来具合はどうですか?」と挨拶替りにこんな質問をよくした。その時、私は頭に血が上って、顔つきが変わっていたんだろう。その夜間中学生は突然、このように話しかけてきた。はじめは、授業と全く関係ないのに、と怪訝に思ったが、あとでわかった。「先生、クラスの人たち、どんな顔してるか見てくださいよ。そんなに急がなくても、わたしたちしっかりわかりたいんです。ゆっくりやりましょうよ」というサインであることが分かった。「夕方見た稲株が、翌朝見ると一変している」「株の分けつの音が聞こえたような気がします。勉強も同じですわ、あることをきっかけに、それまでわからなかったことが、ストンとわかるもんです。あわてない、あわてない」そのようにも話していただいた。

学習している内容にぴたっと合う質問もある。
「先生の田圃でいくら取れます?畝1俵(せ1ぴょう)取れますか?」。「一反で8俵取れたらええとこです。そんなに取れません」「私がやっていたときは、畝1俵、とっていました。味はもひとつやったけど、たくさん取れる品種を植えていました。この時期、太陽ががんがん照りつけ、株が分けつを繰り返して、株が太っていきます」。夜間中学生は、このように問いかけた。
こんな会話は、今の子どもたちは全く理解できないでのではないか。この会話の意味は「一畝(1アール)で米1俵(60kg)収穫できますか」という意味だ。
夜間中学の私の授業の雰囲気は、先生役は人生経験豊富な、実業で鍛えた夜間中学生だ。展開内容によって、先生役は次々と代わっていく。若い夜間中学生は、その話題に、質問をはさみ、にわか先生は前に出て説明をする。説明を終えると、「計算は、若いあんたがやって」とバトンタッチする。若い夜間中学生の得意分野や特技を知っている、若くない夜間中学生は、若い中学生を授業の中に引っ張り込んで、その説明を聞く。
「一反で8俵取れたとして、それを全部売ったとしたらいくらになるだろう?」
「今、白米 5kg で1,600円の米を食べています」
「玄米を白米にすると糠が、玄米1俵(60kg)で5キロはでます」
このように条件をそろえて、計算を始めた。電卓で計算する人、手製の計算用紙で筆算で計算する人、計算の早い遅いは関係ない。出てきた数値の意味を考えることが大切だ。
55kg/俵×8俵÷5kg×1,600円=140,800円
籾を蒔いて、田植えをして、元肥や追い肥、毎日の水の管理、稲刈り、脱穀、乾燥、籾摺り、精米、まで「米」の漢字のように「八十八」の手間がかかります。それから考えると、これでは割に合いません。
戦後、滋賀県の農家さんを訪ね、米を買いに行きました。駅から離れた農家でした。米を入れる袋をたくさん仕込んだ服を着て、やっと滝井駅に着いたとき、見つかってしまって、取り上げられてしまいました。
子どもにだけは十分食べさせたいと、私は島根県まで闇米を買いに行きました。
家族5人で、一升半炊いていました。もちろん真っ黒な麦ご飯です。晩にはおひつが空っぽで、子どもたちはよく食べてくれました。
異世代の夜間中学生は時空を超えて、交点をつくりながら学び合う。私が
祖父母から学んだことは、夜間中学では年配の夜間中学生が行なっている。夜間中学の存在意義で忘れてはいけないことだ。
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