夜間中学その日その日 （984） 白井善吾
夜間中学がこの社会に持っている役割 （2） 2024.08.10
分からない言葉が出てくると、辞書で確かめる習慣になっている、夜間中学生は「稲」「稗」の漢字を確かめ、どちらも「のぎへん」です。「ノ」と「木」で「のぎへん」。「前から知りたいと思っていたんですが、『のぎ』って何ですか？」。
別の夜間中学生は、「ヒエ」と「イネ」の見分け方を話し始めた。7月初め、水田に入って、「ひえ」取りの作業はたいへん。ほっておけば、ヒエが株を増やし、肥料がイネに行かなくなり、イネがやせ細ってしまう。つらい農作業でした。
夜間中学の学習内容は、いわゆる「教科」の枠にとらわれて授業の組み立ては良くないと考えている。というのは、年齢、職業、国籍も様々な人たちが教室の椅子に座っている。稗と稲を持ち込んだその日の授業は農業体験のある人が「稗とり」作業の大変さを話し始めた。学校から帰って、水田に入り、除草機を押しながら雑草を除草する。稲株にくっついてはえている稗は若いうちに根から引抜かないと後が大変になる。
「イネとヒエの見分けはここです。ヒエは葉の中心に白い線がある。イネにはありません」。こう説明した夜間中学生は、次の日、イネとヒエを教室に持ってきて説明した。そして農作業のヒエ取りについて上のように説明した。
『のぎ』って何ですか？その質問に答えられなかったが、次の時間、イネの穂を実体顕微鏡やルーペで拡大して「のぎ」にはえている「とげ」を観察した。「ノギにはこんなとげとげがはえていたんですか」「いやでした。汗にこの“とげ”がくっついて汗を拭くこともできません。下手に拭くと､顔をガラスでひっかくようなものです。家に帰って風呂のお湯で温めてから石鹸で洗いました。水では落ちません」と体験を語った。
「禾」はアワやイネの穂が垂れる様子にからできたと説明があります。「ノ」と「木」のノの部分が穂ということでしょうか。
稲・稗のように穀物や農業に関係のある、のぎへんの漢字を調べましょう。と次の展開。「年寄りいじめや」「先生も私の歳になったら分かるわ」。冗談を言い合いながら、辞書で調べた。
「秤、種、穂、秋、稔、穫、税、穀」意外と少ない。
出てきた漢字を使って文章を作りましょう。
「秋に稲が稔ります」
「秋に穀物を収穫して、大昔は穂を束ねて税金として収めた」
「枡や秤ではかって税金として収めた。米は俵で60kg入れていました」
「農家なのに、供出にとられ、米が足りません。母はやりくりに苦労していました」
「五穀豊穣」の五穀は何ですか？
「米・麦・粟・豆・黍（きび）または稗」と書いてあります。
「米・麦・もち粟・緑豆」はよく食べますが、黍や稗は食べたことありません」
この後、授業は意外な展開となった。故郷の中国で食べていた穀物が袋に入れて届けられた。「緑豆おかゆ」は真夏の暑さよけのおかゆです。故郷ではいろいろな穀物を食べていました。しかし､稗は食べたことありません。
在日朝鮮人のオモニ「私らは子どものころ『稗』を食べていました」。
そこで私は､デパートで売っていた､稗の粉を手に入れ、書いてあった調理法で､まず､家で稗団子をつくって、食べた。ところが口に合わなかった。まずくて、しばらくすると、腹がぐるぐる音を立て､おならは出は、おさまりが悪かった。
このことを紹介して「とても人間が食べるものでない」と言ってしまった。即座に「そんなものしか食べれんようにしたのは、どこのどいつや!!」と一人のオモニが返してきた。作った米は供出させられ、稗などを食べてきた。
いまも忘れることのできない出来事だ。
近畿の夜間中学では毎年、作品展を行なっている。何を出展するかクラスで話し合った。寒いときだから、熱い「緑豆おかゆ」を食べてもらい、穀物当てクイズをすることに決まった。
当日、コンロ、寸胴鍋､食器類を運び準備した。好評で、足らなくなり、緑豆を買いに商店街に走った。穀物当てクイズは取材に来たテレビ局が取り上げ、その日のニュースで放送した。「緑豆おかゆが注目され、肝心の他の作品は見てもらえなかった」と反省で出てきた。
教科の枠に拘束されない、自由な発想で､夜間中学生の眼が輝く学びの追求は後に、夜間中学から昼の学校に転勤したとき始まった、「総合的な学習」の創造に大いに力を発揮した。何のことない夜間中学で苦労した自主編成の授業が「総合的な学習」そのものであった。
夜間中学生の胸を借り、学習者に学ぶ夜間中学は、その地域に設けられた教職員の研修の場：「教育センター」そのものではないだろうか。
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