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夜間中学その日その日 (741)   夜間中学資料情報室

  • journalistworld0
  • 2021年2月1日
  • 読了時間: 9分

 福田雅子さんがお亡くなりになったことを(730)で書いた。第51回全国夜間中学校研究大会(2005年12月1日~2日)の記念講演を福田さんにお願いしたことも書いた。読者の方から、講演の内容の問い合わせがあった。51回の大会記録誌に収録していることをお話しした。改めて読み返してみると、夜間中学関係者以外の人たちにもお知らせしておきたいと考えた。夜間中学にかかわる部分を、4回に分けて紹介させていただく。今回は2回目(編集部)。    2021.02.01                                                                  


記念講演 「文字を覚えて夕焼けが美しい」

                     元NHK解説委員      福田 雅子さん

髙野さんの自宅での出会い

 こうしたことの中で髙野さんに出演を頼もうと思って東京の荒川の自宅を訪ねました。これまで、髙野雅夫さんのことは知られているんですけれども、そのお連れあいのことってあまり語られていないので少しだけお話します。

 アパートのドアを開けました。東京の荒川の自宅です。公営住宅だったと思います。部屋を奥さんたずねますと友達がいっぱい、テーブルに大皿にもったお惣菜がいっぱい作られていまして、実はそれをつくられたのが髙野さんのお連れあいでした。献立は糸こんにゃくと肉、もやしのような野菜を炒めたものとかにっころがしのようなお芋のおかず、すごく上手なお料理でした。この人は、夜間中学を髙野さんが卒業する頃、急性盲腸炎で入院したときに出会った看護婦さん、今で言う看護師さんだったんです。

 この方のすばらしいのは、「もう私の子育てはこれで終わったから次はあなたの仕事よ」っと、生ちゃんと大ちゃんとを髙野さんに引き渡す、そうした物語もありました。すごくさわやかなお連れあいだと思いました。

その後、生ちゃんと大ちゃんはときどきNHKにも来て、装甲車みたいな黒い車で夜間中学の宣伝をしてまわられた髙野さんですけれども、食堂に行って一緒にごはんを食べたり、サンドイッチ食べたりしてました。後輩なんかは、「福田さんのあれはお連れあいですか?」とかって言ってましたけれども、「いや友達」って言ってました。ただひとつだけ今言いますと、髙野さんに私が言ったのは、「あなたは夜間中学の運動をしているけども、こうして子どもさんを連れまわしてて、子どもさんはどのように義務教育を受けるの?」、「それはやっぱりちょっとおかしいんじゃないの?」というようなことを、割にはっきり言いました。その後、何回かお会いしていましたけれど、その後お一人は詩を書いたりすることをなさったり、気管支がちょっと弱かったお子さんが一人いらっしゃいました。ともかく、きっと元気に成長してらっしゃるんじゃないかなと思っています。

それでは、早速ですけれども、ビデオの『こんにちは、奥さん』を少し観ていただきます。



  テレビ『こんにちは 奥さん-わたしたちは夜間中学一年生-』


―【鈴木健二アナ】 今、何年生に入ったんですか?

1年1組。

― 1年1組ですか。今、一番得意な勉強は何ですか?

数学と国語。と、社会と。

― じゃあ、みんな好きじゃないですか。

 英語がいちばん あきませんねん。

― 数学は何を教わっています?

数学ね、割り算がわかりませんねん。色々ね、私、暗算でしたらできますねん。それを式でやるとできませんねん。引き算もはじめわからなかったんです。足し算はいけますねん。引き算は式でやるとぜんぜんあきませんねん。それもやってね、それも試験通りました。おかげで。足し算も通りました。掛け算も通ったけどね、割り算はね、ひとつのときにはできますねん。式で。そやけど、二つの横っちょにこうなるでしょ?二つ三つなるとちょっとこう、わかりにくい。

― あの、最初引くって棒、横にひきますね。

 いや、違いますねん。こうね、書くでしょ?こっち一つならできますねん。これがね、二つとか三つ、何万、何千とこうなるでしょ?ああなるとちょっとね、先生が言うてくれるときはわかってますねん。それで、今度下向いて帳面に書いて上向いた瞬間にちょっとこう、もうわからんようになってしまいますねん。

― ああ、そうですか。それで、わかるようになった?

それが、ちょっと一つのやつはもうわかるようになりましてん。せやけど、二つになるとこう、また…

― 何か落ちましたで。90点じゃないですか。

 私ね、地図なんていうのね、ひとつも私知らなかったん、社会のことは。それがね、あの岩井先生がね詳しいてね、地図書きなさい言うてね、書くことは書きますねんね。せやけど、『そこにね、小西さん、海がありますよ。海がありますよ』言うねんけどね、どこに海があんのやらね、陸があんのやら、私にしたら合点がいかしませんねん。

―地図見ても?

これ見るのん初めてですもん。学校行ってから。今までこの50何年間の間に見たことないねんやから。『海がありますよ』言うねんけどね、そのどこに海があってやね、何するのか私にはひとつも合点がいかない。『小西さん、海がありますよ。はまったらあきませんよ。』って言われてんねんけどね、どこに海があるやらね。ほんで私ね、どうも合点がいかんからね、子どもに帰って聞いたんですよ。「僕ね、今日、社会の岩井先生がね、海がありますよ、海がありますよ、言うねんけどね、海がどこにあるやら…」「おかあちゃん、何言うてんのん、地図にはね、海もありゃ陸もある」とこう言いますねん。で、「陸ってどこにあるねん」って陸って私が言うたんですよ、子どもに。「おかあちゃん、そんなこと言うたら、格好が悪いから言わんといてくれ」って私に言うんやけどね、

― だって、知らないものは知らないもの。

「せやけど、わからんものはわからへん。」ってこない言う。ほな、「おかあちゃん、陸歩いてるやないか」とこない言うからね。「あの道路通ってるのは、あれそうか?」って言うたら、「そうや」ってこう言うから、「何言うてんのん、あれは道路と書いてる」て言うの、私。

― ああ、なるほどなるほど。陸とは書いていないわけだ。

字にしたらね、陸とは字が違う言うねん、私。陸という字は。あれは道路やと私は思ってきたんや、今までは。陸と言うたらね、海から降りて陸やと言うたらこっち行くよ。そやけど、自分らが住んでるね、あの道を陸や言うたかて、私ら得心できんっちゅうねん。そんなもん今まで聞いたこともないし、習った覚えもないし。

― 昔、学校へは…?

半年くらい行ったんですよ。一年生の半分ぐらい。

― 小学校の?

 はい。それは家庭の事情でね、11人子どもがいてたんですよ。男の子4人でね、今現在は7人ですよ。4人でね、男の子には勉強を教えておかないかんということでね、教えられて。私ら女の子は、どうせ嫁にやる子やいうてね、奉公に出されたんですよ。ほんで、うどん屋へ行ってね、奉公に。八つか九つぐらいのときに。出前言うてくるでしょ?どこそこ何がなんぼや言うて。そのときに、あ、ああいう字はあないして書くねやな、ていうことを、ひとつひとつ私は覚えました。

―じゃあ、「高橋さんのところへ行ってらっしゃい」って行くと、高橋っていう字は…?

ああいう字を覚えたんですよ。書けって言うたら書かれやしませんねん。読むことは読めても、書きなさい言うたら書かれしませんねん。

―でもね、帳面見たら、ずっと書いてあるじゃない。

これはね、手にひらに。えんぴつで。その間、じーっとこうしてますねん。-―字を手に握ってくるわけだ。

そうそう。帰ってくるまで消さんように。

―ああ、そうですか。

消さんように私は帰りました。それでも何にもほっといてね、ボールペンで消えんように、えんぴつやったら消えるでしょ。ボールペンでそれをまた書きますねん。それで私ね、薔薇の花が好きやからね、薔薇とはどういう字かしらと思うねんけどね、なかなか薔薇という字はどこにも書いてないんですよ。それが新聞見たら、ひょこっと薔薇という字が書いてましてん。それでね、ある人にね、あんた薔薇という字よう書く?って言うたら、私、奥さん、よう書かんわ。って。そしたら私が教えてあげよか?って私、言いましたん。知ってんのん?って言うから、うん、中学行くようになってからな、薔薇の字覚えたいな、薔薇の字覚えたいなって思ってからね、ひょこっと新聞に載ってたんよ。ああ、薔薇という字はこの字やと思うことが頭にあったからね、子どもにでも教えてあげました。あんた、薔薇って言う字書いてごらん。って言うたら、ちょっと上と下と間違って、「おかあちゃん、賭けしようか」言うからね、「ほんなら賭けしようか」と言うたら、私のほうが間違ってなかったんです。

―これ、ひとつひとつ手に書き握って覚えてきたもんね。

 はい、そうです。ここへ書けなかった場合、ここへ書きますねん。手に書けなかった場合、ここへ書いて。せやから、人がすれたら腹立ちますねん。何でか言うたらね、この字消えへんかと思って。せやから、人のすくない電車の隅っこの方で立ってこないしてます。その字を覚えならんから。帰るまでに。そないして私らこんだけの字覚えてきました。

― よく覚えたなぁ。ほんとによく覚えた。大学出たってこんなに書けない、本当にこんなに難しい字。ほんとに薔薇ってここに書いてある。

その字もなかなか難しい字ですよ。

―えらかったなぁ。

ほんで私、胃下垂やけどね、ずっと医者へ行ったときは胃下垂やったら覚えてますねん。さあ、自分が書こうと思ったらその胃下垂が書かれやしませんねん。自分が習おうと思った字ね、この字も「ひら」と読むでしょ?これがなかなか、書きにくいんですよ。これ書きやすいようで書きにくい。せやから、何ページも稽古してますもん。この字はちょっと書きにくいんですよ。それでどないかしたら格好が悪なるでしょ、字が。あんまり離れたら格好が悪いしね、せやから、何回でも私書きました。それでね、この帳面はね、いっぺん覚えたことはね、もう忘れんようにまた家帰って復習しますねん、私。こうして復習しますねん、全部別の帳面にかかんかったらあかんと思うて。10時でも11時でも、一応それから何時になろうとも書くのは書く。帰ったら全部復習。復習せなんだらあきませんわ。またね、家の子にね、教えてくれって言うたかてね、学校の先生が教えてくれるほどね、手持って教えてくれるような、あんな丁寧に教えてくれませんもん。学校行ったらもうね、緊張してね、一生懸命これ、家におったら気がそわそわしてね、かたっぽでテレビ見てるでしょ、気落ち着いて全然できませんねん。せやからあの髙野さんにね、何回も礼言うて、兄ちゃんのお陰でな、私これだけの字覚えて、かけ算もひき算もみなだいぶ覚えてちょっといまのところ割り算がね、ちょっと性根いれて勉強せなあかんと思ってますねん。

―すぐ覚えられるって。

それで言いたいことはね、私切符売ってました。切符買うお客さんはね、なんで奥さんいっぱいつかえてるときはすまんけど下へ行って買うてちょうだい言うからね、あの書いとる字が見えん言うんですよ。んで、おばちゃんに買うたらね、どこそこ頂戴言うたらすぐくれるんよ、下へ行ったらね、私ら字が読めんってこう言うねん、年いった人は

―そうですか、そういう方がいらっしゃるわね。

そんな人の為にもね、やっぱりもう漢字はいらん言うけど、漢字も大事やけど私らの時代はね、カタカナがよう知ってますねん。カタカナとひらがな入れといたほうがね、私らの年代とか、もうちょっと歳のいった学校行かれなかった人はね、切符買えると思いますねん、私。

―そうですね。

漢字も大事やけどひらがなもカタカナも私ね、ひらがなは入ってますよ。カタカナが入ってる駅はありませんわ。

―そうですね。そういうことでね、本当にさっき言いましたようにね、もう100万人以上の人がね、待っているんですよ、本当にいまおっしゃるとおりね。



当時52歳の小西さんは、地下鉄の切符を売る仕事を生業にしていた。話しにあったように、切符の販売機ではなく、小西さんのような人から買うこともできた。11枚切符を売れば、1枚分の儲けが収入となり、小西さんのような人たちが各駅の改札付近には何人もおられた。(編集部)


 
 
 

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