夜間中学その日その日 (871) 夜間中学資料情報室
- journalistworld0
- 2023年2月15日
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2022 近畿夜間中学校 連合作品展 2023.02.16
新入生歓迎会、運動会、そして作品展が近畿夜間中学校の三大行事、夜間中学生が顔を合わせて生徒集会が開催される。2023年2月12日に開かれた連合作品展は、各校参加人数を制限して、各教育委員会の参加を求めず、各校意見発表のみの集会となった。作品展の会場は八尾夜間中学の近くの生涯学習センターで行なわれた。夜間中学をめぐる状況を考えたとき、コロナのこともあるが、どうしても開催したいという夜間中学生の熱意が開催を実現したということができる。

各夜間中学の意見発表は、各校の取組報告と、天王寺・文の里夜間中学の廃校を進めている大阪市教育委員会に計画を断念することを訴える意見発表がつづいた。
「天王寺と文の里夜間中学のことを、同じ大阪市の夜間中学として自分のこととして、生徒会での話し合いや署名活動を積極的に取り組んできました。
今年も全国で新しい夜間中学ができているということを、埼玉であった全夜中研大会に参加して実感した。そんな中で、この大阪市だけが減らすということは本当に信じられません。天王寺と文の里夜間中学に通う生徒のことを本当に考えているのか?通っている生徒たちの声を本当に聞いてくれたのでしょうか?」
「天王寺や文の里夜間中学だからこそ通えている人がいる以上、そこに学校は絶対に必要なのです。また、これから通いたいと思っている人もいると思います。このような統廃合案がまかり通ると自分の通っている学校がいつ対象になってもおかしくありません。明日は我が身です」
「天王寺・文の里夜間中学校がなくなるかもしれないという話をき聞いて、署名やビラ配りをしました。署名は、みんなでがんばって、1650人集めました。不登校で苦しんでいる生徒のことも、夜間中学生のことも、どちらも大切に考えて欲しい」
「会場の垂れ幕やみんなの顔を見てほっとする。天王寺・文の里夜間中学がなくなって困るのは生徒だけではありません。そこで働いている先生は困らないんですか?移動したら終りですか?」「天王寺・文の里はなくしたらあかんのです。みんな自分のこととしてとり組んでがんばっていきましょう」
大阪市教育委員会に対し、廃校は絶対許さない、夜間中学生の熱い想いが共有できた集会となった。
作品展の会場は夜間中学生の作品であふれ、大きな共同作品は後ろに下がって全体を見ようにも、下がることができなかった。いくつか作品を紹介する。
「夜間中学はどんな学校?」の問いに対する夜間中学生の回答が刺繍された作品があった。
「じぶんできめられるようになった」/「何でも言いあえて、本当の私になれるところ」/「ここでは人と話すのも勉強です」/「私にとってかけがえのない」/「学校に行って会話ができて楽しいです」/「夜中がなかったら、困っていたと思う」/「しんどくても、いそがしくても夜中にきます」/「かぞくに会うような感じできています」/「夜中ではいっぱいしゃべれます」/「がっこうは私とこどもの2番目のうちです」
*夜中(夜間中学の略)で夜間中学生は「やちゅう」とよんでいる。
鉛筆ポスター
「夜間中学とは 今を生き 明日生きるための学び舎」
藍染の共同作品 生きる力
一枚のビラに希望が生まれた/こんな学校があったのだ/いつか、この学校へ/十年、二十年、三十年・・・/その日が来ることを願って
文字が読めない書けない悔しい思いをした/やっと巡り会えた夜間中学で/文字が読める書ける人生が変わった/夜間中学は私にとって「一本の命綱」
最初に覚えた日本語は“すみません”/夜間中学は「一筋の光」/夜間中学では先生や友だちに何でも聞ける/生きる力がわいてきた/これが夜間中学が続いているわけ
わたしたちができること/今 学ぶ 考える 世界を知る 発信する/一枚のビラに思いを込めて配る
創立五十年の今/仲間としていられる 不思議 感謝
二〇二二年度共同作品 守口さつき夜間中学校

力強いロウの文字だ。各夜間中学生の書いた文集から文字やコトバで詩を構成されたと思う。夜間中学生が語る主張と共に、見る人に勇気と希望を語りかける、作品が展示されていた。
共同作品の制作中は、日本語の授業を中心に、一番納得できるのはどの言葉か、意見が交わされたであろう。募集ビラを受け取り、「いつか行きたい夜間中学に」すぐにはいけなかった、30年以上かかった。最初に覚えた日本語ではどんな言葉が候補に挙がったのだろう。「すみません」、どんな出来事があったのだろうか?詩が完成し、墨で文字を書く、白布に文字を写し取る。一文字一文字、溶かしたロウで文字を書く、ロウは直ぐ冷めてしまう。布を藍汁に浸し、引揚げ、絞って空気に触れさせる・・そしてロウを抜く・・何人もの夜間中学生が、何日も文字や作品と向き合う。出来上がって、完成しても、廊下に飾り、詩の意味を考える。先輩のつくった作品も、展示し、後輩がその作品と向き合う。来校した人たちに展示しする。何日も作品に向き合う。そしてこの言葉の意味は?と考える。
校庭に植え、育てた、藍の標本も飾られていた。
午後2時過ぎ、短い作品展は片付けの案内が流れた。残念、最後の展示までみることができなかった。夜間中学のことを多くの市民に知っていただける機会なのに、短時間の展示とは本当に夜間中学生に申し訳ない思いでいっぱいだ。
大阪市役所西玄関ロビーを展示会場にして、夜間中学の広報を大阪市教育委員会に検討をお願いしてはどうだろう。

「天王寺・文の里夜間中学がなくなって困るのは生徒だけではありません。そこで働いている先生は困らないんですか?移動したら終りですか?」
夜間中学生のこの問いかけに、夜間中学の先生(元・現)!どうされるんですか?
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