夜間中学その日その日(882) 白井善吾
- journalistworld0
- 2023年4月12日
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夜間中学生語録(1) 2023.04.12
「あんたらはいつまでたってもタカノマサオが云った言葉しか使っていない。今、目の前にいる夜間中学生が云っているコトバはないのか」。毎年、浜松で開かれている、夜間中学増設運動全国交流集会の席で1990年頃、岩井好子さん(関西地区代表・麦豆教室)がしびれを切らして放った発言だ。髙野さんが使った、「武器になる文字とコトバを!」「人間としての誇りと権利を奪い返す闘い」「たった一枚の紙きれ」「文字とコトバは知識じゃない生きるための闘うための武器なのだ」「同情を憎み、矛盾に怒れ」…どれも一言でその状況を射抜き、本質に迫るコトバだ。
岩井さんのこの問いかけがきっかけであった。私たちは夜間中学生が発する言葉を大切に記録することにした。職員室の話題でも、夜間中学生が発した、生まれたてほやほやのコトバが話題となった。それらは「守口夜間中学生いろは」など共同作品の中に収録されている。
近畿夜間中学校の教員の会議の中で、「髙野雅夫さんは特別な人だ。髙野さんを乗り越える夜間中学生は出ないだろ」と発言する教員があった。私は「タカノマサオはたくさんいる。教室に座っている夜間中学生ひとり一人が、タカノマサオだ」と発言した。私たちの潜在意識の中に教師は一段高い教壇から生徒を教える人だという考え方があるからではないか。
髙野さんを呼ぶのに、夜間中学生は「髙野先生」と云うことがある。夜間中学のあゆみを勉強し、天王寺夜間中学開設に至るとりくみを学ぶと「髙野先生」になる。髙野さんと直接話すとき、多くの夜間中学生は「髙野先生」と云っていた。とても「髙野さん」とは言えなかったのだろう。
夜間中学の教員のみならず、夜間中学を訪問し実態を知った教育関係者は「生徒」という言い方はしなくなる。「生徒さん」「夜間中学の生徒さん」という言い方になる。訪問者よりはるかに年上の夜間中学生が学ぶ姿を眼にしたら「生徒さん」になるのだろう。
夜間中学関係者の集りの中で「生徒さん」とさん付けでいう言い方についてあるとき、話題になった。夜間中学生を尊敬しているかのようにさん付けをしているが中身が伴っていない、さん付けで呼んでごまかしているという意見だ。夜間中学生は生徒であるし、同時に教員の先生でもある。夜間中学に通う人たちを教員と対等の目線で寄り添い、互いに学びあう関係を「しっくりいく」言葉でどう呼べばよいかということになった。議論が深まっていった。そのうえで「生徒さん」「生徒」「学習者」というということになった。私は「夜間中学生」という言い方をしている。
いま夜間中学に関わる人たちでも議論していただきたいテーマの一つだ。
夜間中学は社会を映し出す鏡だといわれている。社会の変化が真っ先にやってくるのが夜間中学。少し遅れて昼の学校現場に現れる。一歩も二歩も先を行くのが夜間中学だといわれる。
そのときどきの夜間中学や夜間中学生の姿を発信することが大切ではないかという問題意識で第37回全夜中研大会(1991年)では全国の夜間中学から、夜間中学生の文章を募り、大会資料集の付録として作文集を発行した。第51回大会(2005年)では『夜間中学生 133人からのメッセージ』(東方出版)を公刊した。「生きて、生きて、生き抜いてきた戦後(解放後)60年!! 公立・自主夜間中学が問いかける 教育とは何か!! 学ぶとは何か!! 教師とは何か!!」と本の帯に記した。

戦後の夜間中学が生まれたのは1947年、それから75年が経過する。75年後の今、夜間中学や夜間中学生の現在を記した優れた記録が生まれた。2019年3月から始まった産経新聞大阪社会部「夜間中学取材班」の大型連載報道「夜間中学生はいま」だ。夜間中学現場のとりくみに長期の密着取材、夜間中学生との信頼関係を築きながら、夜間中学生が語る言葉を綿密に記録していただいた。
一例を挙げよう。一度目(2019.04.13)は「消えた子どもが見つけた『命綱』」に登場した一人の夜間中学生は仮名であった。写真も非常に工夫されていた。えんぴつを握り、机に座り学ぶ姿も、黒い背景と人物全体が一体となった撮影方法。「夜間中学に出会えたから、今の私がいる」と説明。もう一枚の写真は「選択肢が生まれ『将来の道』を模索する」との説明の後ろ姿。
二度目は(2022.04.11)「ヤングケアラーだった25歳の夜間中学生が見た風景」「学びを取り戻す詩は私自身」で名前を明らかにした。
そして三度目(2023.03.13)「夜間中学旅立ちの日 学びの一歩」「未来の自分、思い描けるように」で顔と名前を明らかにした。
一人の夜間中学生の成長とそれを支えた夜間中学の学びの場がもつ力が明確に描かれた記録ではないだろうか。
「夜間中学はいま」で記録された夜間中学生のコトバ、「夜間中学生語録」で「生・学・闘」を明らかにできると考えた。もう一度、連載記事を読むことにしよう。
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