夜間中学その日その日 (513) Journalist World ジャーナリスト・ワールド
- アリ通信編集委員会
- 2017年10月16日
- 読了時間: 7分
形式卒業生の主張
『キケ人や 夜間中学育てる会の記録 』(育てる会事務局発行1971年)48頁の冊子がある。夜間中学の基本資料の一つである。1972年、私はこの冊子を手にした。大阪教職員組合で40冊ほど買い込んで、教職員組合の学習会「夜間中学」のテキストとして使用した。この冊子に古部さんの文章が収められていた。
写植で印刷された「夜間中学全国大会体験論」を早速、昼の中学1年生のHRで配り学習をおこなった同僚がいた。どんな展開と反応であったか、聞いたと思うが内容は記憶にはない。私は古部さんの文章を配布できなかった。冒頭の「学歴で人間の価値は決められないと人はよく言いますね」の矢に射貫かれてしまったのだ。「われわれ形式卒業者を作ったヤツは責任を取れ!」「私たち形式卒業者をなぜ夜間中学校に入学させないんですか?」つづいて放たれた矢を受け止めたいが、返す動きがとれず、反芻する意識だけは益々明瞭になる、心に残る告発文であった。自分自身が明確な答えが出せず、授業では使うことができなかった。
ずっと後になって、髙野さんから古部さんの告発文が4種類あることを聞いた。鉄筆を握り、ガリを切り謄写版で一枚一枚刷り上げた。ところが表裏反対に謄写版に貼り付け、印刷したものだから、印刷が鏡文字となり、古部がべそをかいていたと話していた。大阪人権博物館特別展「夜間中学生」の準備で、青インクで印刷されたこの告発文を髙野さんは保存していた。
古部さんは、卒業していないと嘘を言って夜間中学に入学した。このことが辛くて、先生に本当のことを打ち明けた。教師は卒業者は入学できない。学校では卒業しているとは言ってはいけないと口止めをした。同級生はバレたら他にも学校に来れなくなる人が出てきて、夜間中学が廃止されると言った。
古部さんは、そのままにはせず、 「生活のため犠牲となった人達や形式卒業者も差別なく夜間中学に入学させろ!そして私のようなかけざんの九九も時計の見方わからないような形式卒業者をこれ以上一人も!つくらないでほしい!」と書き訴えた。それにとどまらず、17回と18回の全国夜間中学校研究大会で形式卒業者の夜間中学入学を認めるよう、文部省の担当者に訴え、「昨年の段階では形式卒業者は受け入れられないと公式的な発言をしていましたが、(今年は)学習したい人には学習する機会を与えるべきではないか」との回答を引き出した。
前回、紹介した須堯さんも古部さんも、特別な人ではない。教室で学んでいる夜間中学生一人ひとりはすごい力を持っている。このことは2008年の就学援助、補食給食復活の闘いで証明された。往々にして、教師は自分次元とどめ、事なきを得ようとする。自戒も含め、夜間中学生が持っている力を信じて、同志として向き合いたい。古部さんの檄文を紹介する。

夜間中学全国大会体験論
古部美江子 20歳
学歴で人間の価値は決められないと人はよく言いますね。
こういう言葉を耳にすると頭へくる〈この薄馬鹿! かっこいっことぬかすな〉と叫びたくなる。
昨年の四月、家出後、函館の職安に行ったら、係のヤツが私の履歴書をながめるなり、こう言った。「あんた中卒で就職するったって19才なんじゃ仕事はかぎられているよ。キャディか女工かお手伝いだよ」この一言で無学の私は身体中がわなわなふるえ、心の中で〈こんな所に来るんじゃなかった〉とくるかえし何も喋れず口惜し涙を流した。
生活に追われ四才頃から、子守り、コンブ拾い、農家、パチンコ屋、飯場の飯炊き、バーのホステスなど手取り早く金になり、学歴を必要としない仕事だから学について、考えた事がなかった。学とはなんだろう?
「空、山、川」などの簡単な字以外は新聞も読めないし、九九もわからない足し算、引き算の計算は指や足でやれば出来るが34+89式になると、前からやるのか後ろからやるのか全然見当がつかなかった。時計の見方や電話の掛け方など日常生活に必要な知識がなんにもわからず毎日苦しんだ。
こんな私でも九年間の義務教育を受けた事になっているのです。卒業証書をくれた情け深い中学校があったんです。
今年に一月朝日新聞で「夜間中学」の存在を知った時心がパーッと明るくなったが、すぐ暗く悲しい気持ちに変り今迄、有難いと思っていたはずの卒業証書が憎たらしくなった。
どうしても、文字や足し算、引き算を覚えたくて〈卒業していない〉と嘘をつき学校に入学したが、嘘をついたのが辛くて、先生に本当のことを打ち明けた。学校側では「卒業者は規則として入学させられない」「なぜ?私は今迄学校で何も習っていない稼がなくちゃ食えなかったんで学校休んでばかりいた」「この学校では卒業している―と言って欲しくない」「あんた、そんな事言うけど前の学校の校長さんは、あんたのためだと思って卒業証書を渡したんだよ」
こんな言葉のやりとりをしながら九カ月たった。ある生徒から「バカなヤツ、今更騒ぐよりおとなしく、先生たちの言うことを聞いて勉強したほうが自分のためなのに卒業していることがバレッたら、あんたばかりか他の人達も来られなくなり夜間中学も廃止されるよ」と言われた時、とっても悲しく、やりきれぬ怒りが腹の底からこみあげてきた。
先生が言うのならまだしも仲間が仲間である者を差別する許せない!
私もそうだが、人間はなぜ自分たちにとって不利な事や得にならない事だと目をつぶり、口をつぐむのだ!今の夜間中学がそうだ!
〈なぜかくすのですか? 法律がどうあれ私たちは何も身につけていないんです。ただの紙切れを押しつけられただけなんです。それなのにどうして本当のことを言ってはいけないんですか?〉〈あんたら、どんな悪いことしたの? なぜ、こそこそかくれなければならないんだ。何がこわいのよ。自分だけが勉強出来れば良いのさ式に考えていたんじゃ形式卒業者はどうなるの?! あんたら、もう忘れたの? 学のないために受けた社会の白い眼や差別をお願い―思い起こして、あの時の怒りで泣き寝入りしている仲間のことを考えて〉
法律や国のしくみがどうなっているのかむつかしくて分からないが〝法律〟は私らに死ねと言ってるみたいだ。
〈臭い、バカ、貧乏たかれ〉などとののしられながら、学校に行きたくとも行けず夢中で働き必死に生きてきた。今ようやく〈勉強したい〉と思ったら法律が目の前に立ちふさがり私の道をじゃまする。
もうがまん出来ない。負けるもんか過去に受けた差別を二度と許すもんか。
私の家族は生まれたあとの栄養不足が原因だという17才で脳性マヒの弟、8才で弱視の妹、定時制高校さえあきらめて、イカ釣や土方の出稼ぎに行く18才の弟。
〈おらも早ぐ学校でって土方の出稼ぎにいかねばねべなぁ…〉〈おいらでする話はゼニの事しかねえ〉とホッツリつぶやいた12才の弟。
文盲のまま、パチンコ屋、つれこみ旅館、今はバーのホステスになりどっかのおじょうさんみたいに着飾っている、トラホームの姉23才。お人好しでいつも他人に利用され出稼ぎする神経痛の父53才。心臓病のままバカみたいに働いている母48才
私自身も小さい頃の肺炎がもとで両耳があまり聞こえない――我が家には健康で満足な人間は一人もいない!
もし、お金があったら、病院に行ってたら、学校に行っていたらこんな事にならなかったのだ。私や私の家族をこんなめにしたヤツを殺してやりたい!私たちが何をしたと言うのだ。
われわれ形式卒業者を作ったヤツは責任を取れ!
生活のため犠牲となった文盲の人達や形式卒業者も差別なく夜間中学に入学させろ!
そして私のようなかけざんの九九も時計の見方わからないような形式卒業者をこれ以上一人も!つくらないでほしい! そのために私や私の家族が食うものもくわないで働いた税金をつかうべきだ。
最後に、文部省、厚生省、労働省、教育委員会、全国夜間中学の先生方に質問があります。
一、私のようなかけざんの九九もできないような人間を中学卒業者だとみとめますか?
一、私たち形式卒業者をなぜ夜間中学校に入学させないんですか?
以上の質問を私に分かるようにこたえてください。