

夜間中学その日その日 (1066) 夜間中学資料情報室
髙野雅夫さん追悼の会報告(2) 萬稀さん報告 韓国の文解教育 2025.12.26 2025年12月25日は髙野さん86歳の誕生日であった。3年前のこの日、神戸学院大学髙野雅夫夜間中学資料室で開かれた研究会の後、水本浩典先生が準備された誕生日ケーキを参加者もいただいた。笑みを浮かべ口に運ばれて、花を見ても、真っ先にこれは食べれるかどうかを考えたと引揚当時のことを話されていた。 カンボジアから22時間かけて追悼の会に参加いただいた萬稀(元全国文解成人基礎教育協議会代表)は12/6の公開学習会の中で髙野雅夫さんについて次のような話をされた。 私はクリスチャンです。髙野雅夫先生とイエス様は似た点が3つあります。①誕生日が12月25日。 ②子どもの時、正規の学校に通っておられませんでしたが素晴らしい夢と知恵をもって生きてこられました。 ③非常に高く深い愛を持っておられました。自分のすべての命を疎外された人々の為に捧げられました。そして私はイエスと髙野雅夫先生の魂とDNAをもって文解の世の中の為に生きて死ぬ


夜間中学その日その日 (1065) 夜間中学卒業者の会
髙野雅夫さん追悼の会報告(1) 2025.12.20 髙野雅夫さん追悼の会を2025年11月29日開催することができた。髙野さんはいつもおるものだと思い込んでいた。亡くなること考えたことがなかったという声を何人もの方からお聞きした。 「夜間中学開設25年、さらに増設を髙野雅夫さん人権賞と出版を祝って」(1994/12/4・大阪市立菅南中学校体育館)を開催した時、出席いただきスピーチをいただいた玉本格、岩井貞雄、五島庸一、持永保、爲山喜一郎さん、井口正俊府議、田中市会議員など多くの方々が鬼籍に入られている。その訃報を聞くたび髙野さんは、「半世紀だからなぁ」と感慨深げに話されていた。 何人もの方から追悼の会開催のお声をいただいていたが、全国人権・同和教育研究大会の開催日程にあわせ、大会一日目の夕刻に開催することになった。髙野さんは研究大会に参加され、全国区で知己を得られていたこともあり、大阪に集まられる日程に合わせた。すると夜間中学在校生が参加しにくい日時ではないかとおしかりを受けた。企画の段階で言葉の意味が十分理解できな


夜間中学その日その日 (1064) 髙野雅夫
髙野雅夫さんと語る連続講座 (その2) テーマ「大阪での夜間中学開設運動とその教訓」 2025.12.13 71回全国夜間中学校研究大会(2025/12/5~6)でも分科会発表や、全体会発表「東大阪からの発信」でも髙野さんが行った夜間中学開設運動を取り上げ報告があった。が、一方では大会資料に収録された各夜間中学で執筆された「あゆみ」を見ても、当然記述されてしかるべき事項が書かれていない。一例をあげると、東京荒川九中夜間中学が学校全員で製作に取り組んだ証言映画「夜間中学生」の記述。そして、東京・江戸川区で取り組まれた夜間中学開設の市民運動と小松川二中夜間中学の開校に伴い、東京の夜間中学など6校の小中学校に新たに併設された「日本語学級」の記述がないことだ。このことは生前、髙野さんも何度も指摘していたが今回も訂正がなされていない。個々の夜間中学の問題のみならず、全国夜間中学校研究会の姿勢が問われていることではないだろうか。 今大会で東大阪市立布施・意岐部(おきべ)夜


夜間中学その日その日 (1063) 白井善吾
豊中四中夜間中学 開設50年の集い(2025/11/22) 2025.12.08 「きん こん かん こん。きん こん かん こん」。ある日の豊中夜間中学の学びの始まりを伝える合図が夜間中学生の地声で会場に流れた。会場の体育館舞台下に25名の夜間中学生・教員が4本のマイクからある日の総合学習の様子を演じる形で200名を超える参加者に普段の夜間中学の学びを報告された。私もいつの間にか教室の一員に引き入れられていた。飾ることのない、たどたどしい日本語も、入り混じり、横から入る助け舟の助言や動作も普段通り、あの間合いや言い直しは夜間中学独特で、違いや多様性を包み込んで豊かさにかえていく夜間中学の学びを報告していただいた。プログラムには総合学習発表/四中夜間在校生の発表と合唱『夢や希望とともに~学ぶことは生きること~』と書いてある。 「50年前なぜ豊中で夜間中学ができたか?」では1968年の大阪での夜間中学開設運動を受け、1973年から取り組まれた豊中の夜間中学開設運動に応えた下村輝雄市長(当時)の決断と議会承認の写真が、舞台上のスクリ-ンに映


夜間中学その日その日 (1062) 夜間中学資料情報室
髙野雅夫さん追悼のつどい(4) 2025.11.27 髙野さんがお亡くなりになって今日で丸4ヵ月になる。髙野さんの謦咳に接した私たちは「髙野雅夫さんの想いを受け継ぎ決意を新たにする集い」の準備を進め、11月29日追悼のつどいを行う。 この追悼のつどいに遠路カンボジア、韓国から、萬稀・高尚哲・高マウムさんたちが参加される。夜間中学で学ぶことに意味を考えた時、髙野雅夫さんだけでなく、私たちも韓国の文解(識字)教室の交流の中で、夜間中学が果たす役割を明確に認識できる出会いを経験することができた。 萬稀さんたちは11/28~12/8の来日の機会に、公開学習会(12/6)、全国夜間中学校研究大会(12/5,6)参加。夜間中学生との訪問交流を案内している。改めて夜間中学の学び、役割を考える機会にしたい。 11/29の追悼の集いでは 髙野雅夫さんの85年を記す 『夜間中学は人間としての誇りと権利を奪い返す闘いの場だ‼』 60㌻の冊子を編集発行した。髙野さんが私たちに託した「想い」を受け取り、深めていただける資料になればと考え、出席いた


夜間中学その日その日 (1061) 夜間中学資料情報室
髙野雅夫さん追悼のつどい(3) 2025.11.22 髙野さんがお亡くなりになって間もなく4ヵ月になる。髙野さんの謦咳に接した私たちは「髙野雅夫さんの想いを受け継ぎ決意を新たにする集い」の準備を進めている。多くの皆様のご参加を呼びかけている。 集会には カンボジアで識字の実践をされている萬稀さん(元韓国安養市民大学校長/元全国文解成人基礎教育協議会代表)が出席される。1998年髙野さんがソウル大学に語学留学されたとき、萬稀さんと出会われ、帰国後髙野さんから夜間中学生の韓国訪問の提案を受け、2002年から12回にわたる相互訪問が実現した。この取り組みは夜間中学の学びに一石を投じ、生徒会活動に大きな影響を及ぼすことになった。韓国の識字教育実践運動を代表する方である。夜間中学現場も踏査され、第49回全国夜間中学校研究大会(2003年)の記念講演もして頂いた。 萬稀氏を講師に、髙野雅夫さんの想いに学ぶ公開学習会を下記の日程でおこなう。韓日・文解/夜間中学学習者交流集会で採択した「交流集会宣言」(2008年3月29日)やその後の実践を学


夜間中学その日その日 (1060) 夜間中学資料情報室
夜間中学新聞報道月報 2025年10月 2025.11.15 10月の新聞報道は42件。公立夜間中学の記事が19件。新設に向けての取り組み12件。不登校7件。多文化2件。日本語学習3件。院内集会2件。髙野雅夫追悼の会開催案内2件。 産経新聞の大型連載記「夜間中学はいま」は在学中取材した人たちの夜間中学卒業後のいまを伝える企画の連載になっている。夜間中学の学びがどのように影響を及ぼしたかを知り、夜間中学現場のとりくみに活かしたい重要な課題提起になっていると考える。 2025.10.01の記事ではベトナム人姉妹の卒業5年後のいまを伝えている。「学びが日本の暮らしを支える」のみならず、「日本語がわからないベトナム人の友人や親戚らの通院に付き添うなど、支援する側に回る機会が増えた」「卒業した高校などでベトナム人生徒の隣に座って先生の言葉を伝える」「勤務する会社の技能実習生の通訳をしている」取り組みが記されている。 全く恥ずかしいことが最近あった。15年ぶりに取材を受けた記者の方から「青テントで暮らされていた夜間中学生の方は元気になさってい


夜間中学その日その日 (1059) 夜間中学資料情報室
髙野雅夫さん追悼のつどい(2) 2025.11.08 髙野さんがお亡くなりになって間もなく4ヵ月になる。髙野さんの謦咳に接した私たちは「髙野雅夫さんの想いを受け継ぎ決意を新たにする集い」の準備を進めている。多くの皆様のご参加を呼びかけている。 この時期の夜間中学や夜間中学生徒会は一層忙しくなる。例年の生徒会行事に加え、第71回全国夜間中学校研究大会(2025.12.5~6)が大阪で開催されその準備が加わる。寒くなる季節に向い、在校生や、夜間中学卒業生、関係者にはお許し願いたい。 髙野雅夫さんはこの時期に開かれる全国人権・同和教育研究大会に毎回参加され、全国各地から参加される多くの方々と交流されていた。この76回研究大会が(2025.11.29~30)大阪、兵庫で開催されるにあわせて、日時を設定させていただいた。ご理解をお願いしたい。 日時 2025年11月29日(土) 受付18:00~ 開会18:30~ 閉会20:30 会場 大阪市立住吉区民センター/小ホール (大阪市住吉区南住吉3-15-56)


夜間中学その日その日 (1058) 夜間中学資料情報室
髙野雅夫さん追悼のつどい(1) 2025.11.01 髙野さんがお亡くなりになって間もなく100日になる。髙野さんの謦咳に接した私たちは「髙野雅夫さんの想いを受け継ぎ決意を新たにする集い」の準備を進めている。多くの皆様のご参加を呼びかけている。 準備の一つとして小冊子「夜間中学は人間としての誇りと権利を奪い返す闘いの場だ‼」の編集を行っている。髙野さんが繰り返し主張していたコトバを冊子名に使わせていただいた。髙野夜間中学資料に、たくさんの写真がある。髙野さんは撮影者からすべて掲載の許可をいただいているとして、私たちも髙野さんに写真使用を伝え、同意を得て出版物に掲載させていただいてきた。 小冊子の表紙写真について説明しておくと、2016年11月、大阪市役所に行くとき、夜間中学開設運動(1968年)で歩いたコースをもう一度歩こうとの髙野さんの提案で実現した。NHK大阪放送局―大阪府庁―関西テレビ―大阪市役所のコースであった。この日、髙野さんは「 1966.11.29行政管理庁 夜間中学早期廃止勧告‼ 50周年に‼ 夜間


夜間中学その日その日 (1057) 夜間中学資料情報室
夜間中学新聞報道月報 2025年9月 2025.10.25 9月の新聞報道は39件。公立夜間中学の記事が10件。 夜間中学の学びについて、「全教科で新聞利用した授業 兵庫県姫路市の夜間中 NIE全国大会で発表」。「学びは一生」と夜間中学生が小学生に語るとりくみの報道。「夜間中学の日本語指導に『AI型日本語学習教材』の導入に踏み切った」との報道。画一的な授業展開では困難な中で一つの試みと考えられる。在日朝鮮人や中国からの引揚帰国者の「夜間中学の学び」で追求した視点をここで生かすまなびを実践していただきたい。 新設に向けて、入学生の募集や夜間中学の説明会の記事が9件。公立夜間中学の活動を伝える記事10件。 不登校特例校(中学校)を大学内に開設するとの報道があった。「鳴門教育大学と徳島県教委は県立の「学びの多様化学校」の設置に向け、連携協定を結んだ。同県鳴門市にある鳴門教育大学内に設置する」(日本教育新聞 2025/9/15)。 国は夜間中学の開設を地方自治体に課すだけでなく、「国立の夜間中学を開設すべきではないか」と言ったことがあるが、プ

