

夜間中学その日その日 (1082) 夜間中学資料情報室
夜間中学新聞報道月報 2026年2月 2026.03.21 2月の新聞報道は27件。公立夜間中学の記事が4件。新設に向けての取り組み7件。外国籍の人たちの日本語指導に関する報道が6件。排外を乗り越え、共生の実践をめざす報告である。 新渡日外国人の夜間中学生とどんな学びを追求するか、一言で言うと「外国人労働者としての自覚をもって社会参加をする力を獲得する」「労働者としての権利を主張し行動できる力を獲得できる学びの中身の創造」と『生きる 闘う 学ぶ』(399㌻)で書いたが、日本で生活するようになった学習者が夜間中学で学ぶ第一の目的はまず日本語の「読む、聞く、話す」の力を獲得しなければという切羽詰まった課題を解決することだ。従って卒業できるまでじっくり時間をかけて学ぶということは置かれている状況が許されない。このことは一度夜間中学に入学し、生活のためやむを得ず退学、子育てを終え、これからは「私の時間」と再入学する夜間中学生に何人も出会っていることからもわかる。 夜間中学生の問題だけではない。夜間中学の学習条件が劣悪で、免許外教


夜間中学その日その日 (1081) 夜間中学卒業者の会
追悼のつどい報告 2026.03.15 夜間中学卒業者の会は髙野雅夫さん追悼のつどい(2026.11.29)の記録誌の編集を行っている。萬稀さんが1996年ソウル近郊の安養市で、安養市民大学(識字学級)の開校を知らせるポスターを二人で貼って回ったと私たちに説明された。もう一人はどなたですかとたずねると、娘 高マウィを背負って貼って回りましたと説明があった。髙野雅夫さん追悼のつどいの案内をすると、 萬稀・高尚哲・高マウィさん親子3名が、カンボジア、韓国から駆け付けていただいた。熱い心が髙野さんに届いたはずだ。 当日持参された下の文は記録誌に収録したいと考えている。私たちは高マウィさんの文中にあった「積極的に社会の変化のための心を持った私を見て 喜んでいた髙野おじいちゃん」を題に付けさせていただいた。(編集部) 積極的に社会の変化のための心を持った私を見て 喜んでいた髙野おじいちゃん 高マウィ こんばんは。マンヒ、コ・サンチョルの娘です。ありがとう


夜間中学その日その日 (1080) 白井善吾
夜間中学が果たす役割 2026.03.07 大阪府庁内で教育常任委員会に橋下徹知事(当時)の出席を求め、委員会で夜間中学の補食給食、就学援助の府補助を廃止すると主張する知事に梯(かけはし)府議が討論を行った日、午前の傍聴を終え、夜間中学生の願いに理解のないどこかの国の“王様”みたいな知事の答弁に怒りを抱えたまま、夜間中学に戻り、卒業式の会場設営をしていた。 共同作品を掲示するため脚立にまたがり、作業をしていた時だ。一瞬めまいの症状が出たのかと体を緊張させ、壁を押さえた。長周期の振動が長く続いた。「大きな地震や!」。作業を中断し職員室に戻り、テレビ画面にみいった。東日本大震災の発生だ。2011.3.11発生から15年が経過する。 1987年、昼の中学から、夜間中学に転勤希望を出した時、同僚から「青い鳥はここにもいる」といわれた。返す言葉はなかった。 夜間中学で先輩にまなび、夜間中学生に向き合い、とりくみを進めると夜間中学が今の社会で果たしている役割が視えてきた。“法律にない夜間中学がそれでも存在し続けて


夜間中学その日その日 号外(1079)夜間中学卒業者の会
神戸学院大学髙野雅夫夜間中学資料室報道記事 2026.03.03 首都圏在住の方から、次のメールが入ってきた。「今日の、朝日の夕刊で大きな記事を読みました。 たいへん、ご苦労さまです。写真にも見入りました。こちらは、忙しい日々が続いています。どうかお元気で」 この記事は全国紙に掲載されたのだ。ありがたい連絡である。 以前は、紙面が各本社版で異なっており、特色のあるこだわりの記事が掲載され紙面で読むことが楽しかった。デジタル版が普及し、画面で見る人が多くなったのか、各本社版、独自の紙面が少なくなり、全国共通の紙面になってしまったのは寂しい。 デジタル版では写真も文字数も多く、紙面版はそれが圧縮され掲載写真、文字数も少なくなる。2026.2.21のデジタル版(夜間中学その日その日 1077で紹介)は 写真数5枚、2,350字、見出しは 「元夜間中学生が残した4トン車満杯の資料 永山則夫元死刑囚の手紙も」 であった。 2026.03.02夕刊掲載版は写真3枚 1,579字、見出しは「夜間中学の歩み、詰まる100箱 意義訴えた高野雅夫さんが収


夜間中学その日その日 (1078) 白井善吾
永山則夫と髙野雅夫 2026.02.28 朝日新聞のデジタル版 「元夜間中学生が残した4トン車満杯の資料 永山則夫元死刑囚の手紙も」( 2026年2月21日 )を読まれた方から、髙野さんと永山則夫、知り合いだったんですか?との問い合わせがあった。 私が夜間中学に赴任した時、図書室に永山則夫の著書『無知の涙』、『人民をわすれたカナリアたち』、『動揺記1』 が何冊かあった。これは獄中の永山から夜間中学生に読んでもらおうと、髙野さんから届けられた書籍だと説明を受けた。 髙野さんが東京を立ち、大阪に向かったその日、1968.10.11の早朝、東京・品川のプリンスホテルでガードマン・中村さんが殺害された。事件が起こったことは大阪に着くまで髙野さんは知らなかった。函館の殺人事件の報道があった、1968.11.13のわらじ通信に次のように記し、投函している。 「広域重要事件」108号 東京―京都―函館―名古屋とピストルで4人射殺した犯人は…京都の警備員が死ぬ前『17~8の少年だ』といった。今頃どこで、どんな思いで


夜間中学その日その日 (1077)号外 夜間中学資料情報室
朝日新聞デジタル版 2026.2.21 神戸学院大学 髙野雅夫夜間中学資料室の紹介の報道があった。追って紙面掲載があると思います。度紹介します。写真がアップできません、ご了解ください。(編集部) 元夜間中学生が残した4トン車満杯の資料 永山則夫元死刑囚の手紙も 朝日新聞2026年2月21日 7時00分 永田豊隆 さまざまな事情で義務教育を受けられなかった人たちが学ぶ夜間中学。その歴史を示す膨大な資料が、神戸学院大学(神戸市西区)で整理が進んでいる。 夜間中学出身で、自らその意義を訴えた故髙野雅夫さんが60年以上かけて収集したガリ版刷りのレジュメやフィルムなどで、19歳の時にピストルで4人を殺害した永山則夫・元死刑囚(1997年死刑執行)からの手紙もある。 写真 大阪府庁前の髙野雅夫 髙野雅夫さん=2016年、白井善吾さん提供 校舎の一角にある2部屋。同大名誉教授(史料学)の水本浩典さん(76)は、天井近くまで積まれた資料を見上げて感嘆する。...


夜間中学その日その日 (1076) 夜間中学資料情報室
夜間中学新聞報道月報 2026年1月 2026.02.21 1月の新聞報道は36件。公立夜間中学の記事が11件。自主夜間中学5件。新設に向けての取り組み9件。不登校5件。外国人の日本語、不登校、外国人の日本語の報道。 夜間中学生の主張を紹介する。熊本県立ゆうあい夜間中学中学の田中節子さん 「学ぶことは人の心を豊かに育てます。生きていく世界が拡がります。そして幸せを学ぶことでもあると思います」。 (熊本日日新聞 2026.1.5) もう一つは奈良・橿原市立畝傍夜間中学 布川順子さんの主張だ。 「どこの教育委員会も最初は力を入れると思うけど、歳月とともに夜間中学への大事な思いが薄れ、理解のある先生たちが異動してしまうと、かつての畝傍のような事態になるかもしれない。畝傍だって、またそうならないとも限らない。大切な学びの場に何かあったとき、自分たちで守っていきたい」 「日本語を学ぶだけなら、お金を払えば学べるところはいくらでもある。でも、夜間中学は日本語や読み書きだけを勉強する場じゃない」 「私はここで、自分の意思


夜間中学その日その日 (1075) 白井善吾
夜間中学は“ソフトパスの学び”を追求する場 2026.02.14 夜間中学に勤務するようになって、それまで抵抗なく使っていた言葉や、言い回しで、使うことができなくなった言葉や言い回しがある。まず「読ませる」「書かせる」‥といった「・・・させる」という言い回しである。教員の校内研修などで授業研究発表や実践報告の中で用いられる言い回しであるが、教師が高い立場から夜間中学生に「読ませる」「書かせる」という構造が持つ、両者の関係に大きな反省を持つようになった。 夜間中学の学びで生まれた夜間中学生の唄 夜間中学生は人生の先輩、その道の達人ともいうべき職能を身に付けた人たち、家庭の中では子育てをし、社会人として喜び、悲しみ、世の不条理に怒りを経験した人たちなのだ。夜間中学に勤務し始めた当初、無意識に自分の口から出てきた「・・・させる」を使った時の深い反省は忘れられない。 何年か経った頃、夜間中学に学ぶ人たちのことを報告する機会があった。義務教育未修了となった人たちが夜間中学で語り始めた学齢時の学校への告白を小中学校の先生たちに伝える内容であっ


夜間中学その日その日 (1074) 砦通信編集委員会
*このコラムをみていただいている方から問い合わせを受けた。「社会が世界が見えるようになること(6)」の記事が受け取れていないとの事。調べると仰せの通り掲載できていなかった。この時期は髙野雅夫さんの入院などその対応で混乱していた時期でもある。お許し願いたい。改めて記事を見ると、「生」を「うまれ」「いきて」「いこう」「いるのか」と表現されている。そして原点から自分自身への問いかけをしながら行動をされていたことがわかる。(編集部) 社会が世界が見えるようになること(6) 2026.02.07 自分がどこで生まれ/いまどこに生て/これからどこへ/生こうとして/生るのか?―人間としての誇りと権利を奪い返す闘いであり―自からに問い続ける闘いなのだ‼― これが“夜間中学生”の原点であり生命線だ‼ 髙野 :これは 俺たちが、絶えず、自分自身に問いかけている、考え方です。その日の出来事を振り返ったとき、流されてしまって、妥協してしまう動きをしてしまった時、この考え方で点検をしています。それは、「人間としての誇りと権利を奪い返す闘い」になってい


夜間中学その日その日 (1073) 白井善吾
柔らかい、夜間中学の学び 2026.01.31 通勤ラッシュがおさまりかける1月中旬の時間帯、地下鉄で大阪市内に出かけることがあった。車間調整のため、発車できないと車掌が車内放送を何度もしている。駅と駅の間で停止することを避けるためか、ついた駅ごとで「発車を見合わす」と放送している。会議に遅れないようにと余裕をもって家を出たが、時間が気になり、時計を何度も見ることとなった。しかし、乗客は慣れっこになっているのかそんな放送があっても、私のように表情を変える人は皆無だ。それどころか、スマホの画面に見入って盛んに指を動かしている人たちが何人もいた。イヤホンから流れる音に集中されているようだ。私の位置から把握できる人数は21人。うち16人がスマホを見ている。かつて見受けた新聞や週刊誌を見ている人はいない。他は目を閉じている人、隣の人と話している人であった。 時間帯が変わればこの割合は変わるのかもしれないが、スマホ依存が大きく浸透してきている。これは学齢の子どもたちにも表れている。冬休みになっても野外で子どもたちの遊びに興ずる声が聞こえ

